「ねぇ、あれ見て」「どれ?」

「……あのオレンジのユニの2番」

ひがし高の?」

「そう。あのポニーテールの彼女」

「気になるの? 東高なんて2回戦に進めただけで奇跡みたいな学校ところだと思うけど」

「それはわかってる。でもあの2番は他とは動きが違う」

「……確かに」

「どうする? うちのエースとしちゃ、見過ごせないんじゃない?」

「ここで敗退する学校に目かけてもしょうがないでしょ」

「あはは。あんたらしいね。でも……」

「何よ」

「……彼女、まだ1年。若い芽なら摘んでおくに越したことはない」

「……嘘でしょ。うちの副主将サマはそこまでやるわけ?」

「違う違う。むしろ未来への投資、ってところ? 潰すんじゃない、ヘッドハンティングだよ」

「……へぇ」

「あ、悪い顔してる」

「お互い様じゃない」

「で? あとはあんた次第だけど、どうする?」

「……あたしにその、拉致ってきた子を教育しろって言うの? あたしの性格は分かってるだろうに」

「あんたが人見知りなのは織り込み済みだよ。将来まで見据えて言ってあげてんの」

「…話が見えないな。全国制覇の先まで視野に入れてるってこと?」

「プロデビューして、ある程度ハクがついてからあんたが新人育成するときにに困らないような人材を、わたしは作りたい。あの『2番』を引き抜くのはその予行演習デモンストレーションだと思っておいて。あんたの実力はよく分かってる、いちばん傍で見てきたんだから。けど……あんたがいかに高い技術を持っていようと、それを次代に引き継げなければ意味がない」

「……」

「…副主将の計画、乗ってくれるかしら?」

「そこまで言われちゃ断れないでしょ。いいよ引き受けた、わが校のエースひとり、カンペキに仕上げてみせるよ」

 そこまで言ったところで、試合終了のホイッスルが鳴った。

「決まった……!」

「決まったね」

 友人との息の合ったコンビネーション。強豪校のジャージを着て、「大会予選の試合中に無名校だけれどセンスの抜群にいい選手に目をつけてヘッドハンティングの算段をつける強豪校のエースと副主将」ごっこは楽しい。ちなみにこれはバレーボールの大会だが、あたしたち2人はバリバリの帰宅部である。

「それじゃ帰ろう」

「そうしよう。誰かに聞かれてたら恥ずかし――」

 顔を上げた2人の先に、が立っていた。明らかにご機嫌がナナメだった。

「……どこから聞いてました?」

「全部だよ」

 先方の発する、この世の怒りを凝縮したような声に、あたしたちは平謝りに徹するしかなかったことを、記す必要はないだろう。

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