自分の顔がコンプレックスだった。


 薄い一重の眼。小さくていびつな鼻。妙に尖った頬骨……といっても、全体で見ればさほど気になるほどでもない。それが却って嫌だった。整形をするほどのものでもない、そんな思いがわたしを鈍らせていた。

 高校のときに好きな人ができた。その人に気に入ってもらいたくて、遅咲きのおしゃれを始めた。でも、いくらお化粧で盛ったところで、結局その人に素顔を見せるんじゃ意味がない。嫌われているとは思ってなかったけど、わたしなんかより魅力的な人は一杯いて、わたしはどうしたって選んでもらえない! わたしは誰にも何も言わないまま、失恋した。


 大学を出て、働いてお金を貯めて、ようやく自分のやりたいことを少しくらいはできるようになった。高校時代の身勝手な失恋、いや、今や形骸化した感情へと成り果ててしまったそれは、しかしなおわたしの中にわだかまりとして残っていた。

 会社のトイレで、家のお風呂で、街のショーウィンドウで。自分の顔が映る瞬間だけ、を思い出していた。わたしは自分の顔が嫌いだった。




 整形手術は苦ではなかった。痛みもほとんどなく、緊張しているうちに終わった。お疲れ様です、と医師に微笑まれたときは、なんだか誇らしい気持ちになった。

 新しい顔は良かった。前の面影はほとんどない、きれいでぱっちりとした二重。インプラントを右に入れて小鼻を膨らませ、左右のバランスを取った。頬骨を削るのはさすがに怖かったので、頬にヒアルロン酸を注射。顔全体のシルエットは少し丸くなったが、頬骨の出っ張りが相対的に気にならなくなった。

 わたしはこの顔を気に入った。整形して以降、自分に自信がつくようになった。心なしか、友だちも増えたような気がする。学生時代の失恋まがいのことなど、完全に忘れ去っていた。



 だから、街中ですれ違った女がにそっくりだったときは悲鳴をあげた。わたしは今のわたしを振り返ると、凍るような視線を投げた。そして一言……「お前のせいだ」と告げ、立ち去った。すぐに後を追ったが、女の姿は消えていた。

 何が「お前わたしのせい」なのか、その時にはわからなかったが、家に帰ってわかった。鏡に映る。目も鼻も頬も…整形した筈の、あの綺麗で、理想的な顔はそこにはなかった。

「そんな……」

 高校時代に好きだった人と再会したのは、それから間もなくだった。女の人と腕を絡めて歩いていた。その顔は――。


 わたしは、再び時間を止められてしまった。

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