屋上の烈華たち

「なぁに? 話って」

 学校の屋上。生徒会権限を使ってそこを待ち合わせ場所に指定した。安藤あんどう奏実かなみは相も変わらず、飄々として掴み所のない笑顔をこちらに向けていた。

「少しばかり、ね」

 私は負けじと、懐からサイレンサー付きの拳銃を取り出し、構えた。我が校にも金属探知機を導入すべきだ。

 奏実の表情が固まった。といっても、警戒や恐怖の類ではない。軽蔑……舐められないうちに私は先手を打った。

「言っとくけど、本物よ。ここまでうるさければ発砲音はしない」

 昼休みの校庭ではマーチングバンドが練習中だ。しかし屋上は許可なしでは立ち入れないため、他の生徒はここに来ない。

 奏実はふと、表情を崩した。その長い髪が、風に靡いた。

「それで? 副会長さん。質問に答えてないよ、話って何?」

 笑顔。眩しく、魅力に満ちた表情かお。幾人もの人間を虜にしてきたであろうそれが、私に向けられている。

 幾人も、の中には、私も含まれている。

「……テリトリー争いから手を引いて。ベトナムは会長あなたの手には負えない」

 日本だけで充分でしょう? 厚生労働省の「後ろ暗い」職員数人が、既に奏実の手駒になっている。どんな手を使ったのかは知らないが、各省庁に手を広げられる女子高生となれば、背後には組織がいて然るべきだろう。そして私の見立てでは、その組織は私の古巣だ。

 東南アジアのODA利権に絡んだ薄汚い争いを好まなかった私はそこを抜け、国内の小さなNPOに身を寄せた。そこも血と硝煙の臭いがこびりついた、吐き気のするような部署セクションだったけれど、どうせカタギの生き方なんか知らない。

「できない相談だね」

 奏実……安藤生徒会長はひらりと手を振り、肩を竦めた。

 高嶺の花だが優しくて、おっとりしつつも芯が強い。笑った顔が素敵で笑窪ができる。それを恥ずかしがる様子は、底の見えない彼女の人間的な仕種の代表例だ。

「あの国なら、うちの組織はさらに大きくなれる」

「ふざけないで」

 引き金に指を掛ける。同時、彼女がブレザーの下からバタフライ・ナイフを閃かせた。銃口よりもこちら側、すぐ眼前まで、刃先が迫っている。

「日本もベトナムも渡さない。あんたたちみたいなクズには、絶対に」

 睨む。奏実はしかし口元を歪める。

「――いい表情だよ」

 副会長さん。あのとき、ベッドの上で囁かれたのとそっくり同じトーン。くそ女め。その声、身体、そして本性を知っているのは。

「予鈴まで何分?」

「まだ15分ある」

「イケるね?」

 私は身を屈めた。頭上をナイフが裂いていく。

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