快眠業者 ⅩⅦ

 返信の文面について、加奈かなは悩んだ。いくつか文章を編み出してはすぐに消した。失礼がないように、なおかつより効果的に快眠請負人を煽る必要がある。直接コンタクトを取るために。かといって煽りすぎるのも逆効果だ。縁を切らさず、相手が無視できない程度の挑発を続ける必要があった。

『ご随意に。出てこいというなら従います。いつでもどこでも貴女のご都合に合わせます』

 結局、シンプルな方法に落ち着いた。相手をいぶし出す、率直で直球な方法に。

 快眠請負人は御殿場ごてんばのカフェを指定してきた。加奈は指定されたとおりの時間にそこへ向かった。思念が宿った文章をネットの海に放出……勇気などではない。無謀から来る愚行だ。ひょっとすると、ここまでは仕込み通り……快眠請負人の掌の上で踊らされているのかも知れない。電車に揺られながらそんなことを思った。


 目的地に着いた。快眠請負人の姿はなかった。しばらく待ってみることにした。

 知られたくない秘密を持った人間に、時間と場所を指定した待ち合わせを仕掛ける場合、何をすべきか。加奈は逆算した。自分なら、スタンガンとロープなど、身の自由を奪えるものを利用する。快眠請負人の場合は蛇拘束が使えるから、ロープは必要ないだろう。催眠や暗示の類を中心に仕掛けてくるか。といっても、待ち合わせ場所に指定されたのはカフェの店内だ。あまり派手な手段は使えまい。

 窓際の、観葉植物に最も近い席。加奈はそこに座った。快眠請負人からのメッセージにはそうあった。

 なるべく周囲を警戒する。耳栓をし、周囲の音をシャットアウトしている。もし催眠の類が快眠請負人の声によるものだったとしても、加奈はそれを防げる。そして非言語情報にも目を光らせる。逆の立場なら……どうする? ここで加奈の動きを止め、確実に自分のミームが拡散するのを防ぐには?

 周囲を見渡す。音は聞こえないが、店の中に変わった様子はない。店員がお冷やをふたつ持ってきた。声は聞こえないが、一応会釈する。そして、水は飲まない。罠の可能性があるからだ。前に洋館に行ったとき、「突っ込みすぎて」痛い目に遭ったことを、加奈は忘れていない。

 快眠請負人は未だ来ない。おそらく、もう「仕掛けてきている」。加奈は手元のスマートフォンに目を落とした。この携帯端末ですら、快眠請負人は掌中に収めることができる。孤立無援、孤軍奮闘。加奈は目を閉じた。静寂と暗闇が、それ以外の五感を研ぎ澄ませた。

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