亜空間炬燵 Ⅲ

 わたしは立ち上がった。それなりに高いところから落下した筈だが、打ち身一つない。しかし残念ながら、腰の命綱は解けてしまっていた。

「教授……」

 わたしは僅かに残った現実世界の残滓を噛み締めながら、塔の扉を開いた。


 中は石造りの、ファンタジーもののRPGにありがちな構造をしていた。見るからに堅牢そうだ。そして随所に松明が灯っている。埃っぽいとか黴臭いとか、そういうのはなかった。

 代わり、何かの鳴き声が聞こえてきた。頭上を見やれば、何やら翼の生えた生き物が宙を舞っている。……コウモリ?

「ギャアッ、ギャアッ」

 それは3匹ほどいて、耳障りな声を立てながら上空を旋回していた。警備? 

(まぁ……何があるかはわからないし、慎重に)

 ここは亜空間、言ってみれば異世界の一種なのだ。気を引き締めてかからねば、現実世界に戻れなくなってしまうだろう。



 塔の壁に沿うように、長い長い階段があった。わたしはそこを登っていく。コウモリのような怪物は、わたしを襲ってくることはなかった。ただ道中の松明だけを頼りに、わたしは孤独と闘いながら塔を攻略した。

 1時間ほど経っただろうか。既に足はガクガクになっていたが、わたしはどうにか最上階へ辿り着いた。そこは祭壇のように中央が一段高くなっていて、棺のようなものが安置されていた。そこに屈み込んで、何かしている人影があった……わたしは声をかけた。

「あの」

 ぎょろりとした目玉がこちらを振り向いた。さっきのコウモリの化け物にそっくりだ! わたしは悲鳴をあげてのけぞった。

「なんだ……良いところだったのに」

 化け物は低い女の声で、忌々しげにそう言った。わたしは恐怖に震えながら、身を乗り出して棺の中を見た。白い包帯のようなものでぐるぐる巻きにされた何かがあった……人のようにも見える。

「つかぬことをお伺いしますが……その棺の中、誰が入っているんです?」

 わたしは訊いた。化け物は答える。

「誰って…わらわの夫よ。これから子を産んでもらうでな。小娘は引っ込んでいろ……」

「そんな!」

 もしあれが西脇さんだったとしたら、このよくわからない化け物に、今まさに襲われようとしているところなのだ。はやる気持ちを抑え、わたしは質問を続けた。

「……その人、どこにいたんですか?」

「この塔の前に転がっておった……眉目麗しい殿方であったぞ」

 ケヒヒ、と化け物は下品に笑った。西脇さんはとくに美男子というほどのこともない、どこにでもいそうな中肉中背の院生だった筈だけど。

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