裏/表

 二重人格的なものだと医者は言う。


 私が君と暮らすようになってから1年あまりが過ぎた。つまりそれは、君が暴力衝動の権化と温和な性格――そのどちらが「本物」なのか、私にはわかりかねるが――の、予兆のない入れ替わりに苦しめられるようになってからそのくらいの時が経った、ということだ。

 私は傷痕の絶えない肌をさすりながら、ひとりPCに向かっていた。君は薬でよく眠っている頃だろう。私は専属医に提出する経過報告書をしたためねばならない。毎日欠かすなと言われている。それ以外にも片付けねばならない仕事が山積みだった。

 君の経過は良好だった。私に牙や爪を向けることもなく。私も最近は、瘡蓋かさぶたを剥がされてじくじくとした痛みに泣くことも少なくなったから。凶暴化したときの君ときたら、まるで獣みたいで手に負えやしない。でも、誰より苦しんでいるのが君だということを、私はよくわかっている。否――単にわかっている、なのかもしれないけど。だって、君が部屋で首を吊ろうとしていたときに、私がかけた言葉を覚えてる? そんな馬鹿なことするな! だったかな。そんな体たらくでわかった気になっていたとは笑わせる。


 コーヒーを3杯ほど飲んだ頃、君の部屋から物音がして、私は思わず身構えた。寝て起きた後、君はよく凶暴化するからだ。

「――」

 パジャマ姿の君は、戸口からゆっくりと姿を現し、「穏やかな」口調で私の名を呼んだ。はにかんだ笑顔も可愛らしく、林檎のように染まった頬はまだ幼い子どもを思わせる。私はこっちおいで、と君を手招きする。

「お仕事は終わった?」

「うん。なんとかね」

「疲れてない?」

「それは……」

 君の手前、疲れているとは言い難い。けれど、誤魔化しが通じるほど君も幼くないから。

「…寝れば治るよ。安心して」

 そう言って頭を撫でる。君はそっか、とだけ言って、寂しそうに笑った。







「ガアアアアッ!!」

 舌を剥き出す。髪を逆立て、眼は血走る。そして暴れる――目に入るものをすべて敵性と見なし、攻撃する。引っ掻いたり、殴ったり、噛みついたりして破壊する――もちろん私も対象で、この間は眼鏡からコンタクトへの変更を余儀なくされた。

「グルッ…オオォ…!」

「はいはい、落ち着いてっ…くぅぅ」

 信じられないほど強い力で、腕を掴んで捻り折ろうとしてくる。簡単な防護服も着けているが、すぐぼろぼろになる。

 正直私だって、いつおかしくなるかわかったもんじゃない。

「……ッ」

 首を振る。

 向き合わなければ、私も君も笑えない。

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