Last Dress

 最後のドレスを織り終えた。

 この小さな町で、手作りの服屋を営んで二十数年。先代から受け継いだ建物と機織はたおり具を駆使し、どうにか町民相手の商売ができるまでになった。わたしは手先も不器用なら要領もいいほうではなかったが、町の人は優しく、わたしの服を贔屓にしてくれた。幸せなばかりではなかったけれど、なんとかやってこれた。

 工房を見渡す。さっきまで動かしていた機織具がひとつ、残っているだけ。他の器具や布や染料、その他服屋を営むのに必要な物たちはすべて運び出されている。隣接している店舗も同様。狭くても品揃えが良い、とお客さんたちが口々に褒めてくれた場所には、今はもう、備え付けの棚くらいしか残っていない。

 少し、胸にこみ上げるものがある。

 店を畳むのは、別にわたしが老いたからとか、病気になったからとか服が売れないからとか、そういう理由ではない。立ち退き要請を食らったわけでもない。もう少し人通りが良くて、より多くのお客さんに服を買ってもらえる立地に、ちょうど空きができたというので、これ幸いとばかり、わたしは今まで過ごした場所――店舗と工房が併設で、2階部分に住居がある――を引き払って移転することにしたのだ。新しい店舗は大通りに面していて交通アクセスもいい。単純に2倍の客足が見込めるだろう、ということだった。その前に思い入れのあるここで、最後の仕事をやりたかったのだ。


 外に出ると、冷たい風が吹き付ける。いつの間にか陽はとっぷりと暮れていた。店の軒下で妹が待っていた。

「おつかれ、姉さん」

 歳は離れているが、わたしのことをよく慕ってくれるいい妹だ。私が作ったストールを首に巻いていた。それを外して寒がっているわたしに掛ける、ということを、ためらいなくやってくれる。

「ありがと。寒いのにずっと外で待ってたの? 風邪ひくよ」

「あたしは大丈夫。姉さんが織ってくれた外套コート、羽織ってるし」

 ほら、と上着を広げてみせる妹は、今月のうちに町を離れる。結婚するのだ。相手は大富豪だとかなんとか。姉のわたしとしてはその道に多難がないようにと祈るばかりだが、お相手は感じのいい方だった。

 だからその前に餞別を。ドレスは母に依頼されて作ったものだ。かわいい妹が故郷を発つ前に、姉として何かしてやってほしい、と。

「新天地では身体に気をつけるのよ?」

「こっちのセリフだよ、姉さんだって環境が変わるのに」

 ぽつぽつと灯りが点きはじめた町中を、姉妹で歩く。


 ドレスを渡すのはいつにしようか。

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