快眠業者 ⅩⅥ

 なが加奈かなが会社を辞め、その僅かばかりの退職金で暮らしていけるのはもってひと月というところだろう。それもまるひと月ではなく、15日も経てばアルバイト探しに奔走せねばならなくなる。その短い間に、快眠請負人との接触を果たす必要がある。

「――よし」

 覚悟を決めて、加奈はパソコンのキーを叩き始める。ブログを運営どころか、SNSの類すらまともにやったことはない。だから、どうすれば文章に「思念」を宿らせることができるのか……皆目見当もつかないけれど、やるしかない。なりふりも構っていられない。もしかすると加奈や快眠請負人の身を危険に晒すことにもなるかもしれないが、それでも。


 まる半日を費やしたが、ブログは完成した。大手のフリーサイトのひな形を使ったものだ。迷ったが、アフィリエイト形式にした。その方が人の目に触れる可能性は高くなるからだ。加奈が快眠業者を訪ね、不眠に悩んでいることを相談し、手続きを済ませ、するとその夜は嘘のようにぐっすりと眠れたこと。快眠業者との交流はしばらく続いたこと。そして彼女が突然、加奈に別れを告げ、行方を眩ませたがどうにか再会し、しかし絶縁の意志は固かったこと。もう一度彼女に会いたいということ。そして、数日日を置き、磯村いそむらを捕まえたときのことなどを、ブログに記した。名前はぼかしたが、これ自体は非常にリスキーな行為であるということ自体は理解していた。

 すべてにおいて彼女への裏切りだった。何も告げずに去った彼女へ、いわば冒涜を繰り返していることになる……だからといって、加奈には止まるつもりなど毛頭なかった。真実が知れれば僥倖、せめて何か、快眠請負人がいたことを、彼女と加奈の間に関わりがあったその証拠を残しておきたかったのだ。



 2週間。期間マージンはそれだけで問題なかった。いくつか感想や、私も快眠業者の広告を見ました! という人、加奈が前に行っていた、各種SNSサービスへの書き込みを知り、同一人物ですよね、と訊ねてくる人。いろいろいたが、ある日『悪ふざけが過ぎます。削除してください』というメッセージがフォームに届いた。加奈はそれを無視した。匿名のアカウントだった。日を置かず、『わかってやっていますよね? 私を誰だか知っていますよね? ふざけるのも大概にしてください』と、さらに過激になった、見ようによっては脅迫とも取れる内容に変化した。加奈は良心が痛むのを感じながら、さらにそれを放置した。


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