長雨と約束
雨が降っている。
居間と寝室を隔てる隙間を開け放すと、
「お、起きたか」
「よう、ねぼすけ」
「うるせー」
大昔からある木造の平屋を、二人で買って住んでいる。シェアハウスというと聞こえがいいが、要は二人して金をケチった結果だ。わたしは定職にも就かずふらふらと遊び歩いているが千代子は2つ下の女子大生で、経済やら市場やらの勉強をしているという。テキストをみせてもらったが、わたしにはなんのことやらさっぱりだった。
千代子は小さい窓を開け放して、地面を濡らす雨を見ていた。家の前の道は舗装されておらず、車両が通る度に砂埃が舞ってけむたい。雨はそれを少しは抑えてくれるのでわたしは好きだった。もっとも、泥や水が跳ねる、という別の問題が浮上するのだが。
「雨、好きなの?」
「うん」
千代子は振り返らずに言った。雨はしとしと、量は少なくされど絶え間なく降り続いていた。
昼餉の時間になっても尚、雨は止まなかった。瓦屋根はこの間補修をかけたばかりだし、雨漏りは有り得ないと思うが……万一ということはある。わたしはお風呂から洗面器を持って来て、居間の鏡台の足元に置いておいた。
「止まんね」
「そうだねぇ」
わたしと千代子はきわめてのんびりと、だし巻き卵を口に運んだ。味噌汁とご飯ときのうの余りのひじきのきんぴら。別段変わったところもなく、うまくもまずくもなく。清貧というのはこういうことを指すのだろうか。違う気がするが、少なくとも余計な金は使っていない。
「雨が止んで、虹が出たらさ」
食後、千代子が唐突に口を開いた。
「見に行こうよ。二人で一緒に」
子どもかよ。そう指摘すると、千代子は笑った。わたしもつられて笑った。
「いいね。見に行こう」
約束をした。それでなんとなく、雨が止むような気がしていた。てるてる坊主をぶら下げたような気になっていた。
仮想てるてる坊主では効果がないらしい。夕餉が済んでも降り続ける雨に、千代子はきょう一番の真剣な悩み顔を見せた。
「虹ってどういうときにできるんだっけ」
「確か……朝か夕方って聞いた気がするけど。何、そんなに見たいの? 虹が」
見たことないってわけでもないでしょうに。そう言うと千代子はにっ、と笑った。
「ナオちゃんと見るから楽しいんだってば」
それは殺し文句のつもりか。もう少し練習するんだな。
とはいえ、とても嬉しかったのは事実で、わたしも明日は晴れてほしいなあ、なんて思ってしまった。
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