隠者かく語りき

 かつては華々しい活躍をし、栄華を極めた生活を送っていた人間が現役を退き、静かな余生を送りたいと願う場合……大抵、その当人が望むような「静かな」余生とやらは訪れない。当人が望むと望まざるとにかかわらず、「かつての栄光」を知りたがる第三者が必ず現れるからだ。



 ……という話を最近よく来る娘にしてやったのだが、当の彼女は「うんうん! それでそれで⁉」と、まったく聞いていないのかなんなのか続きを促してくる。わたしは思わず溜め息を漏らした。

「だからさ……わたしがいくら有名な宮廷魔術師だったからって、話すことなんかそうそうあるもんじゃないんだよ」

 何度目かになるセリフ。この娘……オリビアは、とかく好奇心が旺盛なタイプで、わたしとのファーストコンタクトも「森探検の果てに小屋を見つけて勝手に入った」結果というやんちゃぶりである。せっかく人里から離れた位置に小屋を建てたというのに。

 それでも当初は多少なりとも嬉しかった。この歳この場所、話したくても何かを話せる人なんていないからだ。それでつい、現役時代のあれこれを面白おかしく語ってしまった。

 結果、ものすごいリピーターが誕生した。

「だいじょうぶ、わたし何回聞いたって飽きないもん! ハーズさんのお話、どれもとっても面白いから大好き!」

 天真爛漫な笑顔でオリビアは言う。まるでちっちゃな太陽みたいな、とびきりに無垢な笑顔。これをやられると弱い。人間関係を断ってきた反動か。

「あのお話してよ。ほら、王様のマントに魔虫まちゅうが穴を開けちゃったやつ!」

「あぁ、アレね……もう何回も話したでしょうに」

「いいからいいから!」

 促されるまま口を開く。なんのことはない、わたしが飼っていた虫が夜中に逃げ出し、王の寝室に忍び込んだうえ、彼が気に入っていたマントを食ってしまったというユーモラスな大事件のことだ。

「それで……」

 出したときには熱々だったはちみつ茶が、今はすっかり温くなっている。オリビアは好物のお茶を飲むのでさえ忘れるほど、わたしの話に夢中になってくれているのだ。

 あぁ、こんなに嬉しいことはない。王を寝取ろうとしているなどとあらぬ疑いを持たれ、宮廷を追われたあの日以来、他人なんて信頼しなかったわたしがこうして心を開いているのも、すべてオリビアのおかげかもしれない。


「ありがとー、ハーズさん! 楽しかったよ!」

 夕暮れの中で手を振る彼女に、わたしもまた手をひらつかせて応える。ありがとう? こっちのセリフさ、と内心で嘯きながら。

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