快眠業者 ⅩⅨ
感傷に耽っている
「……待ってた。ずっと。会えるのを」
「私は――できれば、二度とお会いしたくはありませんでした」
敵意のある口調だった。だが、加奈の耳にも、思考にも届いていない。
快眠請負人は訝しんだ。そういった類の催眠は施していない。彼女ができることはどちらかといえば限定的だ。対象の精神への干渉が主で、当人の性格や性根といったものまでは変えることができない……その筈だ。むしろ逆、快眠請負人は加奈に、自身への興味を失わせるように仕向けた筈だ。なのにここまで執着されるとは。計算違いだ。
兎に角。
(…状況を脱しなければ)
埒があかない。加奈は快眠請負人の腕を押さえつけている。しかし力で振り解いたり、隙を見て逃げ出したりすれば元の木阿弥だ。加奈は快眠請負人の情報を意地でも拡散しようとするだろう。
(……)
詰みだ。詰んでしまった。加奈の執念が、快眠請負人をここまで追い詰めた。完敗だと言わざるを得なかった。ヒトの精神に干渉する力を持ってしても、加奈の行動力に勝てなかった。
当の加奈は恍惚とした微笑を携え、快眠請負人を見下ろしていた。心はここにあらずといった感じだが、腕を掴む力は強い。
快眠請負人は視線を逸らした。
「……離していただけますか」
私の負けです。そう続ける。
「
「嫌です」
加奈と、視線がぶつかった。間を置かず、その目から涙が零れ落ちる。
「……やっと、やっと会えたのに。やっとこうして……また貴女とお話、できてるのに!!」
慟哭に近い告白、胸を締め上げるような悲痛な叫びが、濡れて、溢れて、加奈を決壊させていく。
「いやだよ……そんなの……この、この手を、はなし、たら、また……貴女がどこかへ行っちゃう…………」
嗚咽混じりに声を漏らしながら、加奈は膝をついた。
快眠請負人にはかける言葉が見つからなかった。自分を追ってここまでやって来た彼女に、ここまでをしでかして遂には逃げ場すら奪い去っていった彼女に、最早何を言ったところで意味を成さないからだ。
泣き疲れた加奈は、不意に手を離した。快眠請負人は逃げなかった。そのことが、加奈には無性に嬉しく感じられた。
「どうしたいんです?」
快眠請負人の声音は柔らかだった。思わず笑ってしまいそうになるほどに。
「そうですね……どうすれば、いいんでしょうね……?」
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