豚姫 Ⅰ

 あるところに、悪い魔法使いのまじないで豚の姿に変えられてしまった姫君がおりました。

 人間であったころの姫君はたいそうな美人で、ありとあらゆる国の王子たちから求婚を受けていました。しかし、みにくい豚の姿となってからは、誰にも見向きもされませんでした。豚の姫と誓いを立てようとする王子など、いるはずがありません。

 王さまと王妃さまはそれはそれはなげき悲しみました。じまんの娘の将来が閉ざされてしまったからです。そんなふたりを見て豚姫は言いました。

「ああ、お父さま、お母さま、どうか泣くのをやめておくれ。わたくしはたとえこの姿でも立派に生きていくことを誓います。ですから、あなたたちも娘の姿がたとえこうであろうと、悲しむ必要などないのですよ」

 ああ、なんと美しい心をもった姫君なのでしょう。姿が豚であろうとなかろうと、自分はあくまでほこりたかく生きることを決めたのです。王さまと王妃さまは豚姫をだきしめました。姿は変わっても、親子のあいだにはたしかな愛情がはぐくまれていたのです。

 しかし、それも長くはつづきませんでした。豚姫は、当初こそ人間に豚の頭がついたようなかっこうだったのが、月日を重ねるにつれ、その姿はどんどんほんものの豚へと近づいていったのです。いつしか人のことばすらも話せなくなり、食べるものも豚と同じになりました。もはや人の姿であった頃のおもかげなど残ってはいません。手はひづめに、お腹はぶくぶくと肥えて豚そのものに…いいえ、もうただの豚ならまだ愛きょうというというものもあっただろうに、ふた目と見られぬ、それはそれはおぞましい姿に、姫は成り果ててしまっていたのです。こうなってしまうと、さすがの両親も手がつけられません。王さまは新たに、農場で豚の飼育係をしていた人間をやとうと、その者に豚姫のせわを命じたのでした。



 長い時間が経ちました。豚姫はかわいたの敷き詰められた納屋なやで眠っていました。ヒトであった頃の記憶を思い起こして、豚姫は毎日のように涙を流していました。

 あるとき、納屋の扉が開いて、とてもきれいな女のひとが豚姫のところにやってきました。豚姫はすわ売り飛ばされるのかと身がまえましたが、どうやらそうではないようです。女のひとは豚姫に嫌な顔ひとつせずに近づくと、泥で汚れるのもかまわず、愛情をこめて何度かなでたのでした。

 豚姫の目からは、大つぶの涙がこぼれていました。うれし涙でした。女のひとはにこりと笑い、豚姫のせわ係を呼びました。

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