透明

 しゅるり。鞭のしなるがごとき音が響く。夜のしじまを突き破り、不遜の怪物が姿を――。その名を「透明」。まるで光学迷彩ステルスのように、を発して近づいてくる無辜の存在。巷では、この音なき存在が恐怖の対象となっていた。主に未就学児……満6歳くらいまでの児童を攫い、闇へと消し去ってしまうからである。さらわれた児童が発見されたことはない。また、調査・討伐に赴いた警察官、及び自警団もまた、ひとり残らず姿を消してしまった。「透明」は日本の小都市でたった2ヶ月あまりの間に、対抗手段のない怪物として君臨したのである。



 ほそあつは、5歳の従姉妹いとこを「透明」に攫われた因縁を持つ女子高生だった。危険は承知だったが、このまま犠牲者が増えていくのを看過はできなかった。

 本当に行くのか? 父の疑問は尤もだった。数年前に離婚して以来、父とふたりで慎ましくも幸せに暮らしてきた。態々年頃の娘が危険を冒しに行くときけば、おいそれと首を縦には振れまい。しかし、彼は娘と自分の妹の絆を知っていた。「透明」に攫われた妹の愛娘が、淳海によくなついていたことも。

「ごめん、父さん」

「言わなくていいさ」

 今生の別れになるかもしれない夜、父は黙って淳海の背中を見送った。





 数ヶ月後に自衛隊の派遣が控えているが待ってなどいられない。既にプロが派遣され、なお姿を消している。中学生の自分にできることなどたかが知れている。それでも、動かずにはいられなかった。

「淳海」

紗代さよ! 遅くなってごめんね」

「ううん。今来たとこ」

 たに紗代は淳海のクラスメートで、弟と祖母を「透明」に奪われている。二人は合流し、共に見回りを始めた。他にも志を同じくした者たちが集っている。心強い。いつしか20人規模の軍団となって、対「透明」部隊は夜を練り歩いた。


「みんな、止まって!」

 先頭を歩いていた女の子が鋭く言った。軍団は立ち止まる。同時、淳海も紗代も、唸るような鋭い声を聞いた。しゅるるる……独特な高音!

「――来た」

「透明だ!」


「うおおおおおっ」

「お姉ちゃんを返せ!」

「食らえ銀玉鉄砲!」

 正体不明の「透明」に対し、めいめいが武器を振るう。「透明」は悲鳴をあげている。淳海もバールを叩きつけた。手応えがある。

「みんな、下がって!」

 危機を直感したらしい紗代が呼びかける。「透明」が発する音が。同時、近くにいた男を

「ぎゃあああっ」

 淳海はバールを構え直した。

「第二ラウンド? 望むところよ!」

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