ロボット
「そうしたいのであれば」
視線は真っ直ぐ。口調は平坦。表情はない。
「そうなさってください。私に責任がありますので」
この無機質、冷淡なまでに温度のない口調。そうだ、機械だ。ロボットとかアンドロイドとかの、
「…ふっざけんじゃないわよ」
あたしは目を血走らせて、その女の喉笛に果物ナイフを突き立てていた。
夫が浮気をしているかもしれない、ということがわかったのが去年の11月。知り合いや興信所に協力を仰ぎ、夫の休日の行動パターンや、友人と会うと言って出かけた日の足取りなんかを洗った。
内心、あの人に限ってそんな筈ないだろう、と思っていた。あたしと出会って10年が経つが、それ以前にも以後にも、女っ気のおの字もない、実直な小市民だと思っていた。駅前のホテルから、背の高い美人と腕を組みながら出てくる写真を見るまでは。
まるで何かに取り憑かれたみたいに、そこからのあたしの行動は迅速だった。忌まわしき泥棒猫の素性を調べ上げた。一方で夫の前ではよき妻を演じた。
年が明けてすぐ、あたしは夫を車ごと崖から落とした。夫婦でドライブ中、あたしがハンドルを握っているときに、事故を装って。古い車で、助手席にはエアバッグが付いていなかったのを利用した。あたしに比べるとかなりひどい怪我を負った夫は、未だに退院の目処が立っていない。ざまあみろと内心罵りつつ、先に病院を出たあたしは女に会いに行った。こともあろうに女は、夫とは別の男とも浮気をしていた。ついカッとなったあたしはその男を傘で刺突。男は逃げ出し、あとには能面のような表情の女と、般若のように顔を歪ませたあたしが残るばかりだった。
「
「はい。よくお世話になっていました。最近お姿をお見かけしませんが」
「………そう」
あたしがその男の妻だと告げた、告げたが、女は、このあばずれは!
「そうなんですね」
とのたまいやがった! なんの感慨もない声で!
「このままかっ切ったら、あんた死ぬのよ!?」
「ご随意に。私がご主人をお誘いしたので」
「……」
言葉が出ない。刃先を少し動かせば…にもかかわらず、否、始めからまるで、その身体には命すら宿っていないかのように、何一つ感情を見せなかった。
「……どうしろってのよ」
「ですから」
「違うっ!」
ナイフを落とす。項垂れる。視界が滲む。
ロボットの足元で、あたしはさめざめと泣いていた。ロボットは何も言わなかった。なにもしなかった………。
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