退屈と誘惑

「暇だね」

「暇ですね」

 リサと立ち寄った書店併設のカフェは、新しいでも古臭いでもない、微妙な内装デザインがかえって停滞を産んでいた。

 そんなにお金はないので数冊…参考書と趣味の本を買うに留め、わたしたちは席に腰を降ろした。人もまばらな木曜午後。わたしが欠伸をすると、つられたようにリサも大口を開けた。

「何か頼みましょうか?」

「奢ってくれるの?」

「頼むだけです」

 じゃあいいや、と気のない返事をして、わたしは買った本を一冊、取り出す。何年か前に流行った、ティーン向けの恋愛小説だった。そういえば読んだことがなかったなと買ってはみたが、帯のアオリもあらすじも、驚くほど惹かれない。目の前のリサにあげようかと反射的に思うくらいだ。ただ、リサはこの本は読んだことあります、とさっき言っていた。わたしが遅れて手に入れただけのこと。仕方なく、ぱらぱらとつまむようにして読み始める。

 ……全然面白くない。展開が不自然で、セリフ回しが冗長だ。かと思えば無闇に暴力的だったり性的な匂わせがあったりと、一言で言えば「品がない」。わたしは本を閉じ、目の前のリサを見やる。英語の勉強をしていた。一、二年生は期末試験が近い。わたしは入試も終わっていて気楽なものだ。リサの事情は汲みたいが、それではわたしがつまんない。

 心機一転。かわいい後輩のために飲み物を奢ってやることにした。といっても金欠は金欠。メニューは決まっている。

「リサ、コーヒー奢ったげるよ」

「いいんですか⁉」

 眉間に皺を寄せてテキストとにらめっこしていたリサが、ぱっ、と上げた顔を綻ばせた。ふふ、わかりやすい奴め。

「ただし、条件があります」

 びしっ、と親指を立てる。

「運ばれてきたら、わたしの目をまっすぐ見ながら飲むこと。途中で逸らしたりしたら負けね」

「えぇ…なにそれ、勝ち負けがあるんですか?」

 途端に怪訝そうな表情になる。わたしは後輩の恥ずかしがる姿が見たい。人と人とが見つめ合う……普通、それなりの免疫がなければ気恥ずかしくって仕方がない筈だ。なのにこの感触は……あれ? ミスった?

「ま、いいでしょう。受けて立ちますよ」

 不敵に笑う。そう来なくては。


 間もなく、コーヒーが運ばれてきた。一杯450円は痛かったが、リサのような美人に恥辱はよく似合う。さぁ、見せてくれ、恥ずかしさに歪む顔を!

 ……の筈、だったのだが。

「あれあれ? 先輩、顔赤くないですか?」

「うえええちくしょう計画破綻だぁぁ!」

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