矢文
「あら」
よく見るとそれは矢であった。鏃の半分が柱の中に埋まっていて、
「……誰のしわざかしら」
仕方なく圭子はわら半紙を
両親は歳が離れすぎているので、お手伝いで歳も近いの
「けれど、この辺りで弓を嗜まれている殿方、というのは心当たりがありませんわ。女性ならいらっしゃるのだけど」
「本当? なら、その方に教わったのかもしれないわね」
女の弓手がいるというのは、圭子も噂で知っていた。わざわざ矢を射るために教えを乞うのは少々回りくどい気もするが、そういう趣向を凝らしたかったのだろう。圭子もそれなりに名のある家の娘だ。無碍にするわけにもいくまい。幸子に礼を言い、週末にその弓手と会う約束を取り付けた。
相手から場所を指定されて、圭子は寺の境内に向かった。相手は丁度弓の練習をしていたところで、圭子に気づくと番えていた矢を下ろした。
「お初にお目にかかります。
おかっぱに切り揃えた黒髪と、白いばかりの弓道着が眩しかった。顔は端整で彫りが深く、女性らしさの中に逞しさがあった。背もかなり高い。五尺七寸はあるとみていいだろう。
「菊池圭子と申します。あの……早速なのですが、この恋文」
圭子は矢文を広げて見せた。瞬間、朱雀の顔面が、火でもついたように朱くなった。
「…えっ⁉」
「………」
どういうことか。困惑していると、朱雀はばっ、と紙を引っ手繰った。そして、顔を押さえながらか細い声で告げる。
「……私です。この恋文は……前にお見かけした時分から、ずっと…圭子さんが、貴女が…気になっていたのです」
圭子の驚きは、蒼天に抜けるような叫びとなって、境内にこだましたのであった。
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