快眠業者 ⅩⅣ

「快眠さんっ」

 飛び起きる。何か、とてつもなく悪い夢を見たような気がする。よく覚えていない。

 それ以外は、いつもと変わらない朝だった。


 加奈かなはコーヒーを淹れ、テレビのワイドショーを眺める。報道とは畢竟とどのつまり、真実を伝えることなどではなく、どれだけ視聴者の関心を集められるか……というものであり、なればこそセンセーショナルな話題ばかりが取り沙汰されるとはわかっていても、こう暗いニュースばかりでは気が滅入る。天気予報と星占いだけを観て、加奈はすぐに電源を落とした。

 なぜ、あの蝋燭を持ち帰ってからしばらく、自分は快眠請負人のことをすっかり忘れていたのか。そしてなぜ、彼女と会話をしながら、それまで眠くもなんともなかったのに寝落ちのようなマネをしてしまったのか……考えてはいるが、やはりわからない。確かなのは、あの蝋燭が加奈にとって悪い方向に作用するものだった、ということ。快眠請負人が、蛇を使い魔にあのような術を行使する……というのも衝撃的だった。

(……催眠術かな)

 考えてもわからない。ならば、安易な答えに縋ろうとする。そしてそれは、時に正解を導き出す。それに賭けるしかない。たとえ愚かな選択だとしても。

 あくまで加奈の知識、加奈が扱える情報だけで整理する。快眠業者は「情報」を欲しがった。加奈が最初に依頼したときもそう。磯村いそむらを捕まえたときだって、「思念」の残る情報を要求された。

「……どういうことだ?」

 繋がりそうで繋がらない。共通項を探り当てようとする。

 快眠請負人が対象を眠らせるのに必要な情報は、名前、容姿、年齢、住所……否、年齢や住所は必要ない。磯村のときは、彼について軽く説明したのと……SNS。磯村が本名で登録していたのが功を奏した、アレだ。

 快眠請負人の言を信じるなら、容姿や名前といった客観的な情報よりも、本人の意志や思念と言った、目には見えない、それこそ当人しか知らないような、内面的な情報を頼りにしているようだ。

 催眠…快眠と催眠って似てるな、なんて詮ないことを考えつつ、加奈はなんとなく、真相に近い手応えを感じていた。内面的な情報を汲み取っているのならば、おそらく本人の意識下にしている。催眠、快眠請負人が行うそれは、いわば思考のジャックだ。人の思考に入り込んで、その意志を。快眠請負人の、都合の良いように。

(……快眠さんが善人で良かった……)

 悪用のやり方がいくらでもある、恐ろしい能力だ。加奈は覚えず身震いした。

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