淡雪の恋

「――きれい」

 口をついて出ていた言葉は、心からの、飾り気のない感想きもちだった。

 こんなにきれいなものを見たのは生まれて初めてだ。白無垢姿の親戚のお姉さん。名を涼香すずかという。歳は26。新郎は28で外資系企業のエリート営業マンだというが、そんなことはどうでもいい。

 ただ、涼香はあまりにも美しかった。ひろは何もかもを忘れ、しばらく彼女を見つめていた。

 綿帽子の下、それに負けないくらい白くきれいな涼香の顔があって、曲線を描くのが見えるほどに長い睫毛は静かに伏せられていた。すっきりと通った鼻筋、形のいい唇には眩しいばかりの朱が引かれている。

 普段の涼香は気さくで、ヨレヨレのTシャツとショートパンツでフラフラと遊び歩いているような性格で、そんな涼香は央美も好きだった。歳は離れているけれど、自分の相談には乗ってくれるし、何より子ども扱いというやつをされたことがない。大型スクーターの後ろに乗せて連れ回されたこともあった。楽しかった。つまりは、涼香は新しい世界を見せてくれる、お姉さんというより歳の離れた物知りな友だちで、それが揺らぐことはないと信じていた。

 なのに、それなのに、今の涼香は言い表しようもなくきれいだった。高砂に着座し、親族友人による歓談が始まってもなお、央美は花嫁から目を逸らすことができなかった。人形のような顔つき、佇まい、親戚や友人と会話を交わすときに見せる笑顔、朱の隙間から除く白いばかりの整列した歯……そのすべてが、この世のものとは思えないくらい魅力的で、神秘的だった。


 豪華な食事が出されても、みやびな余興が執り行われても、央美の視線はほとんど絶え間もなく涼香に注がれ続けていた。涼香が気づいていないとは思えなかったし、それを咎められるかとも思ったが、たとえそうされたとしても央美は、涼香に熱を帯びた視線を送るのを止めはしなかっただろう。

 その感情が、いわゆる恋の、一目惚れのそれに近いものだと気づいたのは、式が終わる頃になってからだった。


「遠くに引っ越すわけじゃないし、会おうと思えばまた会えるよ」

「…だよね」

 別れる前、服を着替えた涼香にそう言われた。視線の意味を、別離の寂寞ととったらしい。違うの、とは言い出すこともできなかった。

「じゃあね! また遊ぼ!」

「うん! 絶対だよ!」

 夕陽に照らされて、涼香の乗ったタクシーが右折していく。テールランプが角を曲がったとき、不意に央美の視界が滲んだ。

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