今は妖艶
地上30階建てのタワーマンションに住む彼女は、文字通りに私なんかとは住む世界の違う人間だったのだ。それが、なんの因果か目をつけられて、私は実家の犬みたいに毛足の長い絨毯にくるぶしを埋め込ませながら、東京の夜景を見下ろすことになっていた。
「どう? ここからの眺めは」
目をつけられた……とはいっても、悪い意味では決してない。彼女、
「……すごいです。っていうか、まともな感想なんて出てこないですよ……理解の範疇の外なんです」
注がれたウイスキーを渡され、私は所在なくはにかんだ。お酒は好きだが、ウイスキーはあまり飲まない。スーパーの缶チューハイが中心だ。
「あはは……言い方は悪いかもしれないけど、『贅沢』に慣れてない女の子を連れてくると、皆そう言うの」
海月は、乾杯、と言って琥珀色の液体が入ったタンブラーを傾けた。私もそれに応える。
山下海月。かなりのやり手キャリアウーマンであり、女遊びの達人。
それはそれとして。
「……いただきます」
ウイスキーに口をつけ、舐めるような量を口に入れる。味はほとんどしない。単純に量が足りていないのか、精神的な……つまり緊張からくるものなのかはわからない。ただ、そのまま縋るように海月のほうを見る。
圧倒的な美貌を持っていることは間違いない。自身がこれほどの容貌なのだから、ちっとやそっとの小娘にはなびかないのでは、と思うのだが、なぜか私はここにいる。海月は胸元の大きく開いたナイト・ドレスを着て、薄い寝化粧を顔面に施していた。それがまたしようもなく淫靡で、どこか影のある、魅力的なオトナの女性を演出していた。
視線に気づいたのか、海月はこちらに目を向け、そして笑った。なにもかもが芸術品か、さもなくば宝石のように美しかった。魔法にでもかかったみたいだ。私たちは、どちらともなく舌を絡め合った。
夜景を映していた窓が、眩しいばかりの朝を運んできた。
私の、そして彼女の肩口に残るキスマークは、なによりも雄弁に昨夜の事情を物語る。
海月はまだ眠っていた。その髪を指に巻き取って、そこにそっと唇を寄せる。
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