!?
どうしてマラソン大会を冬季にやるのだろう。毎年この時期になると考えてみるのだが、結局いつも答えは見つからない。
外気温、摂氏3度。上着1枚脱げば、すなわち、死。幸いにして、半袖半ズボンでやれ! というアレなルールはなかったが、それでも寒いことに変わりはない。いや、寒いとかいう次元ではない。痛い。空気が冷たくて、針みたいに尖ってる感じだ。
吐いた息がとにかく白くて、そのまま凍っちゃうんじゃないかという過酷な環境の中、スタートの合図を告げるピストルが打ち鳴らされた。男子も女子もキャーキャー騒いで、寒いだの冷たいだのやかましい。わたしは集団から離れ、一人ペースを上げた。
コースは校庭の、陸上部が使うトラックを一周してから正門を出て、貯水池を横目に見つつ町内を3周する。概ね10キロ弱の、体力に自信がある人にはなんてことない道程だ。わたしは持久力だけなので、完走はできるがその後がとてもつらい。誰か適当に…自分よりちょっと速いくらいの人を見つけ、勝手にペースメーカーにするのがちょうど良かろう。
(お……あの人良さそう)
開始約10分。前方に人影を認める。少し速度を上げ、その人の後ろに……。
(……えっ?)
後、ろに……?
(……嘘でしょ⁉)
……わたしがペースメーカーに選んだ人は、女子で…それはともかく、なにやら髪を盛っていた。うず高く。なんとかMAX盛り…だっけ?
いずれにせよ、明るめの茶色に染めた髪を芸術的なまでに結い上げた彼女は、その巨大で強大な頭髪をものともせずにただ、走っていた。空気抵抗とか大丈夫なのだろうか。わたしの心は既にマラソン大会どころではなくなっていたのだが、彼女はあろうことか、ビューラーで睫毛をエクステしていた。
「はぁ⁉」
思わず声に出る。彼女は相変わらず睫毛を上げながら怪訝そうに振り返ったが、すぐに視線を戻した。あんたのほうがたぶん怪訝だよ。
服装は普通のジャージだった。メイクは濃い目、ラメ入りのルージュを引いていて、しかしよく見ると腰にコンパクトや洗顔料のビンなどを留めていた。まさかとは思うが……走りながらメイクをしたというのか?
仕方なく追走を続ける。2キロ地点、懐からクレープが出てきた。なんで? 3キロ地点。スマホに着信が入る。方言丸出しで話しながら走る。なんで?? 5キロ地点、なんとヘアアレンジを……。
完走する頃には、疲労よりも何よりも、9キロ地点で髪をバッサリ切り落とした彼女が、気になって仕方がなかった。
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