湖畔のロッジ

 有給をとって東北のとある湖にロッジを借りたのは正解だった。1週間ほどだが、俗世間と離れて静かな幸福を得ることができる。

 ロッジの周辺は小高い丘になっている。小さな森を抜けるとなだらかな斜面になっていて、その先はキャンプ場だった。反対側に行くと湖はちょっとした滝になっていて、市内を流れる川に注いでいる。ここからはキャンプ場に点在する色とりどりのテントがよく見えた。

「……………」

 長い、長い深呼吸。緑の中は心地良い。

(――さて)

 ロッジに戻るか。踵を返す。実のところ、これは。同行人、というより、旅は道連れ世は情け、的な……がいる。若い女の子だ。


「受験イヤになって。逃げてきちゃったんですよね」

 れいと名乗る彼女は、小柄で顔立ちもまだ幼い、ピチピチの中学3年生だった。あろうことかヒッチハイクでわたしの車を止めてきた。最初はびっくりしたが、彼女の両親と連絡もついたし、2泊3日なら、ということでロッジに泊めることにした……本当は二人分のお金がかかるのだが、余計な気を遣わせないために黙っている。

「受験って……いいの?」

「本命だけ受けたんですけど、もう……なんか、コレで人生決まるわけじゃないし、めんどくさいし残りはいっか! って」

 えへへ、と可愛らしく笑って見せても、なかなか不穏かつ大胆な発言だ。親に言われるまま5校くらい受験したわたしとは対象的である。

 何か気の利いたアドバイスができたら良かったのだが、生憎親に敷かれたレール以外は知らない女だ。いろいろあるけど頑張って、と月並みなセリフしか言えなかった。


「お姉さん、すごいですよね。あんなカッコいい車乗って、有給取ったらこんな良い穴場見つけて…憧れちゃいます」

「そんなことないって。車は中古だし、有給取ってどっか遊び行く人なんかいっぱいいるし。それより玲佳ちゃんのほうがすごいよ、滑り止め全部蹴るなんてさぁ」

 お皿を洗ってもらいながら、素直な畏敬を口にする。女子中学生に皿洗いさせて恥ずかしくないのか。恥ずかしいです。

「そんな……でも、これで良かったんじゃないかって思います」

「なんで?」

 コーヒーを啜りながら、素朴に訊ねる。

「……お姉さんと会えたから」

 コーヒーを吹き出した。玲佳は耳まで真っ赤で、俯き加減に言葉を次いだ。

「よ、良かったらまた……また会いませんか。連絡先とか」

「うっ…うん、わかった、わかったよ、会おう、また会おう! そんな……そんなド直球に来ると思ってなかったから!」

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