快眠業者 ⅩⅢ

 半透明の蛇の主だろうか。声はしわがれていた。ドアは加奈かなの反対側にあり、その姿を認めることはできなかった。

「だっ…誰!?」

 明らかな窮状ピンチに、加奈は声を荒らげた。蛇から逃れようと身体を動かす。緩いように見える拘束だが、関節はしっかりと押さえ込んである。人体構造を理解している者の手口だ。

「……私が」

 声の主が喋る。こつ、こつと不気味なまでの足音が響く……そのまま、加奈の前まで歩みを進める。

「――誰だか、わかりますか」

 ――声は老人のそれだが、姿はまだ若い女性だった。それは奇妙な取り合わせで……そんなことより、早く拘束を……あれ……? 

 妙に、時間の流れが遅く感じられた。気が遠のく、というか、どちらかといえば眠気を感じたときのそれに近い。

 蛇の主……どうにも見覚えがあるような気がする……思い出そうとすると、記憶が炎のように揺らめいて不定形になる。何か、何かを忘れている、それだけが確かだ。なんだっけ……蛇……いや、そもそも私は何を……?

「効果は出ているようですね」

 困惑する加奈をよそに、しわがれ声の女性は安堵の表情を浮かべた。何を言っているのか、何が起こっているのか、否、この顔を、知っている筈だ。

 加奈は思い出そうとした。だが、脳の一部……というより、記憶を掘り起こすこと自体を禁じられたような感じで、何も実のあることが出てこなかった。靄がかかっている。ゆらゆらしていて、あぁそうだ、なんでこんなことになってるのか、わたしわからなくなっちゃってる。

 ふわふわと集中力が霧散していく。眠い。目の前の女……見覚えがある、何か、何か大切なことを見落としている……このひとは………。

「……あなたを罠にかけるのは、私としても本意ではなかったのです。途中で気づくと思っていました…」

 遠い向こう、女の声が聞こえる。

「……どうぞ安らかに……もうお眠りなさい……二度と関わってはなりません………」

 ちがう。寝ちゃダメだ。思い出すんだなが加奈!

「…………」

 限界だった。意識が途切れた。どのみち何をとしても頭が働かないのだ。これ以上は無駄……蛇にとっ捕まったまま、加奈は眠った。





「……っ」

 次に目が覚めたのは、洋館の外だった。

「……たし…なに…を……ぅあっ………」

 靄が晴れていく……ようやく、ようやく記憶が戻ってきたのだ……それなのに。それなのに!

「あ……あぁぁぁっ!!!」

 だ。! あの人に! に繋がる糸を!

 加奈は嗚咽した。夕暮れが町並みを染めていった。

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