とぐろ

「少しは懲りてくれるといいんだけど」

 階段から親友を突き落とした。ただの喧嘩だ。説明を求められたらそう言えばいい。

「調子に乗らないで」

 彼女は生きていた。生きて蠢いていた。彼女にも非はある。細かく説明しようと思えば、結局は両成敗の形になるだろう。

 私は踵を返した。


 翌日、彼女は教室に姿を現さなかった。先生は何も言わなかったが、いつも元気でムードメーカーな彼女のことだ、クラスメートたちは噂にした。を見られていなければ問題はないだろう。私は悪くない。私「だけ」が悪いわけじゃない。あの子も悪かった。

 その筈だ。


 切っ掛けは、思えば馬鹿みたいなことだった。親友には、インターネットで知り合った異性がいて、私がそれを茶化した。そんなに酷い弄り方をした覚えはない。親友も笑っていた……そのときは確かに、羨望か、嫉妬か、あったにしても、その出会いを私は祝福していた筈だった。

「付き合うことになった?」

「……うん」

 大事な話があるの、と呼び出され、頬を染めながら彼女は「報告」してくれた。

 ここで、ただおめでとう、と一言言うことができれば、それでよかった。

 

「そんな、そんなさあ…ネットで知り合っただけなんでしょ? やめときなよ、何されるかわかんないじゃん。怖いよ」

 口が勝手にそう動いていた。彼女はただ目を丸くして…次の瞬間には反撃に転じていた。

 あんたに何がわかるの。あたしが誰とどう付き合おうと勝手でしょ、自分がモテないからってひがんでんじゃないの……とにかく、そこから、それからおかしくなってしまった。


 会っても互いを避けるようになった。挨拶も交わさなくなった。アドレスを削除した。それでもこのままじゃいけないと思っていて、和解のための話し合いを持ちかけて、なのに話は拗れた。そして、突き落とした。殺意があった? 否認はできないだろう。学校の階段だし、高さもあまりないし、転がり落ちたから大丈夫だろうと思った。案の定死んではいなかった……そのことに安堵を覚えた。彼女は今どうしているだろうか。両親に説得され、私を名指しで批判して、訴えて、然るべき罰を下そうとしているだろうか。


 わからなかった。何もかもが……自分がどうして、あのときあんなことを言ってしまったのか。どうして親友に危害を加えておいてのうのうと学校に来ているのか。彼女のことが心配で、でも一方でせいせいした、なんて気持ちがあった。


 愛憎がとぐろを巻いていた。

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