白い罠

 深夜。3、4人の男が一見、何の関連性もないような素振りで、互いに距離をとってひとのない倉庫街をうろついていた。近くには白い軽ワンボックスも停まっている。受取人に素人――一対一でなく、わざわざ寄ってたかってブツのやり取りをするのは、花火でも打ち上げているのと変わらない愚行である――を使っているあたり、こいつらのは取引を重んじていない。

 髪をポニーテールに纏めて野球帽を被り、ジーンズに綿のシャツ、その上からポケットの大量についたフライトジャケットを羽織ったひょうどうえいは、うまく息を殺して物陰に潜んでいた。彼女の生業なりわい。麻薬、武器、金銭……ありとあらゆる取引現場で、物品を強奪、精査の上で売り捌く。リスクは高いが、利回りはいい。

 午後11時。南側の路地から、1台のステーションワゴンが姿を見せた。5分ほどその場に停止していたが、やがて車内から一人の男が姿を現したかと思うと、すぐさま倒れ伏した。

「受取人」たちはパニックに陥った。誰かが銃声がしたぞと叫び、ある者は路地に、ある者は軽ワンボックスに飛びつき、兎に角難を逃れようとした。栄子はサイレンサー付きの拳銃を使って、逃げ惑う連中に確実に.45口径弾を叩き込んでいった。

「っ!」

 軽ワンボックスがタイヤを鳴らした。撃ち漏らしたか。運転手が潜んでいたか……助手席のドアにぶら下がっている男がいたが、急旋回で振り落とされた。

「……」

 舌打ちを堪え、栄子は拳銃を下ろした。あいつが増援を呼ぶ可能性は極めて高い。強くはなかろうが、弾が切れると面倒くさい。すなわち、現場には留まっていられない……残された時間で、ステーションワゴンの車内をあらためる。大量の段ボール箱。中にはさらに小さな箱…ちょうど贈答品に使うようなソレが詰まっていて、蓋を開けると、ビニール袋に包まれた白い粉が姿を見せた。感じからすると、コカイン。

(この量を……)

 嫌な予感がする。

 コカインの末端価格はおぞましい。大きな段ボール箱の数とからいって、最終価値は10億円近くにもなるだろう。大がかりな取引の筈だ。にもかかわらず、この程度の連中が場を仕切っていた。

 つまり、栄子のようにだ。逃げた奴は偶然ではなくおそらく意図的。増援どころではないを連れてくる!

「くそっ!」

 思わず悪態をついた。ステーションワゴンを発進させる。

 せめて県境までは逃げ切れるようにと、月に祈った。

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