黒き彩

 かえるの卵みたい、彼女がそう零したのが忘れられない。


 黒瑪瑙オニキスのことである。彼女の誕生月に合わせて、黒瑪瑙のネックレスを贈った。そんなに値の張る品ではないが、オトナな雰囲気の彼女には似合うと思ったし、何より当人も喜んでくれた。そのうえで前述の感想である。正直独特のセンスで面食らった。

「私は好きだよ、蛙の卵。かわいいし……」

 それはフォローになっているのだろうか。とにかく気に入ってくれたのなら、それに越したことはない。彼女の白い首元を彩る黒瑪瑙はやはりよく似合っていたし、何より彼女自身が、何物にも代えがたいほど美しかった。


 今で言うと「蛙の卵」はタピオカになったりするのだろうか。彼女が啜るストローの中身を見つめながら、そんなことを考える。

「どうしたの? じっと見て」

「え、そんなに見てた?」

 彼女は不思議そうに小首を揺らして、見てたよ? と返してきた。その首元には、私があげた黒瑪瑙が光っていた。

「んー……かわいいなって」

「……もう!」

 にへら、と笑ってみせると、照れ隠しのパンチが飛んできた。


「いいよね、たまにはこういうのんびりデートも」

「だねえ」

 波止場を眺めながら、ふたり仲良くタピオカミルクティーを啜る。夕暮れ時の港は、スピーカーから懐かしいジャズ・ミュージックが流れてきて、そこに船の汽笛が合わさる。このうえなくムーディだ。

 当初はウィンドウショッピングと散歩が中心のデートに難色を示していたアウトドア気質な彼女も、のんびりと時間を過ごす素晴らしさに目覚めてくれたようだった。

「でも、今度は山行こうね」

「うっ、忘れてなかったか」

「今週お願い聞いてくれたら、次は好きなとこにしていいって言ったのはあんたでしょうに」

 口を尖らせて反論してくる。かわいい。反則。家帰ってから覚えとけよ。

 私としては、その黒瑪瑙がより輝くような場所に行きたいし行って欲しいのだが、無理強いなどできようはずもなく。というか、黒瑪瑙が目立つ格好、イコールある程度首元が見えている衣装、ということになり、この文脈では私が単にすけべな女であるということになってしまうではないか。いかんいかん、と邪念を振り払う。無論そういう気持ちがないではないが、だからといってネックレスを着けたままコトに及ぶなんて…。なんの話だ?

「……まぁ」

 ひとり慌てる私を尻目に、彼女は水平線を見つめながら、言葉を紡いだ。

「その次は、好きにしなよ?」

 ……ありがとう。告げる代わりに抱きついて、やっぱり怒られた。

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