チョコレイト・ウォー Ⅳ

「あ」

 雪だ。

 冴島さえじま美樹みきは既に雪にはしゃぐような年齢としごろではないのだが、それでもこの辺りでは降ること自体が珍しいので、テンションが上がってしまう。

「ふふ」

 スマホで写真を撮って、親友の蜜柑みかんに送る。秒で返信があった。マジで⁉ と驚くマスコットキャラのスタンプが添付されていた。癒しが欲しいとき、彼女とやり取りすれば、その需要はあらかた満たされる。


 ……筈だった。




 バレンタインだから後輩にチョコを贈ろう。それは建前で、美樹の本当の狙いは別の所にあった。蜜柑。彼女にチョコレートを贈るために、まずは後輩宛、ということにしたのだった。

 蜜柑のことが好きだった。いつから、友愛が恋愛に変質したのかはわからない。ただ、どうしたって蜜柑が愛おしい。親友としてではなく、いや、たとえ親友としてでもいい。バレンタインにかこつけようがかこつけまいが、チョコを渡して気持ちを伝えたかった。

(でも)

 そのせいで関係性が途切れるのは嫌だった。美樹自身が県外に行っても、縁が途切れるわけではない。今のまま……蜜柑への思いを抱えたままなら、将来的にも関係を維持できる。しかし、ここで「告白」して、ふたりの間柄を崩すようなことになったら? 傷つくのは自分だけではない、おそらく蜜柑も。それがわかっていた。わかっていたからこそ、躊躇っていた。


 悶々とした気分で1月を過ごし、2月に入ったこのタイミングで、降って湧いたのが親戚からの電話だった。

『ねぇ美樹、「Tティー-Edgeエッジ」ってバンド知ってる?』

「聞いたことなら」

 同い年の従姉妹からだ。音楽に多少なりとも明るく、学校でコピーバンドのようなものをやっているという彼女は、今をときめくガールズバンドにも造詣が深かった。そして彼女経由というわけではないが、美樹もT-Edgeのことは知っていた。

『実はさ……バレンタインコンサートのペアチケットが余っちゃったのよね』

「マジで?」

『マジマジ。で、だ、転売ってわけにもいかないし、良かったらと思って。どう?』

 ペアチケット。僥倖。蜜柑が興味を持つかどうかはまだわからないが、誘わない手はなかった。


 そして今。美樹の手元には、5000円ほどもしたデパートの超高級チョコレートと、T-Edgeのライブのペアチケットがあった。

 蜜柑に後輩たちのチョコを作らせるのは少し申し訳ないが、後輩に贈りたいというのも嘘ではなかった。手伝える範囲で手伝いつつ、バレンタイン当日……どこかのタイミングで、蜜柑に想いを伝えるつもりだった。

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