チョコレイト・ウォー Ⅴ
結局心構えも何もないまま、東京近郊で開かれる
わたしの彼女も明るい性格ではあったが、ここまで弾けてはいなかった、筈。実のところ、付き合った理由も別れた理由もほとんど忘れてしまっている。ただ……歌詞を聞いたとき、当時のことがフラッシュバックした。それをどうにも無視できなかったのだ。
開演まで時間がある。会場の周辺をぶらついていると、公園のベンチに座り込んでいる女の子を見つけた。ただ座り込んでいるだけでなく、肩を震わせて泣いている……もしかすると放っておいてほしい……とか、そういうのだったかもしれないが、気づけば声をかけてしまっていた。
「ど…どうしたの?」
ライブ参加者かどうかはわからない。しかし、手には
女の子は顔を上げた。目も顔も真っ赤だった。痛々しいほどに涙の跡が残っていた。それに気づいたのか彼女は、ごしごしと頬を拭った。
高校生くらいだろうか。顔つきはやや幼く、けれど均整がとれていた。
「ず、ずいまぜん、ぞの」
「良かったらこれ」
咳き込みながらお礼を言って、彼女はキャップを開けた。
彼女はミキという名で、友人を連れてT-Edgeのライブに来たという。紙袋はその友人に渡すというチョコレート。そういえば、今日はバレンタインだった。
「それで、わたし、その友だちに、告白…しようと思って。でも、どうしても勇気が出なくって」
それで半ば逃げるようにしてここに来たという。
「友情が…関係が、壊れてしまうんじゃないかって、怖くて。それと、万が一拒否られたらって思って、わたしもう…!」
また泣いてしまった。周囲の注目を浴びないうちに、どうにか宥める。
「す、少なくとも拒否、ってことはないんじゃないかな。友だちなんでしょ?」
「はい」
「だったら、向こうもあなたとの関係を破壊するのは望んでないんじゃないかな。きっと」
「そう……かな。そうですよね、うん」
ミキはぎこちなく笑い、立ち上がった。
「ありがとうございました。お陰でちょっとだけ勇気、出ました」
ぺこり。頭を下げられる。
「そんな、わたしは何も」
そのままミキは、ぴゅーっ、と駆け出して行ってしまった。
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