チョコレイト・ウォー Ⅱ

 冴島さえじま美樹みきは、他の大多数の同級生がそうであるように、進路に悩む高校2年生のひとりであった。

「どうしよ〜……」

「珍しく弱気じゃん、なんかあった?」

 親友のさわ蜜柑みかんは、美樹よりひと回り身長が大きく、頼り甲斐のある存在だ。

「模試だよ模試。このままじゃ第一志望どころか滑り止めもギリギリなんだよぉ」

「そりゃあ大変だあ」

「てめぇ〜〜、自分は就職決まってるからって!」

 このやろー、と頭を肩口に押し付ける。蜜柑はくすぐったいよぉ、と笑って身をよじった。


「塾とかは? 行ってないの?」

 自販機のパック飲料を買いながら、蜜柑が訊ねる。

「行ってたけど、月謝は自分で出せって親が言うからもう辞めた。バイトと兼ね合いもあるし……あ、わたしいちごミルクで」

「はーいよっと」

 気さくで姐御肌な蜜柑は、こうしてごくたまに、友人にジュースなんかを奢ったりする。就職……というより実家の家業を継ぐらしく、ある意味では将来が約束されていて、今の時点で多少の稼ぎがあるらしい。

「ありがと! で、模試の結果とはとくに関係のない提案なんだけどさ」 

「なになに?」

 並んでパック飲料を吸い上げながら、冬の曇天を見上げて話す。県外への進学を考えている美樹にとって、今は親友と話せる、残り少ない貴重な時間だった。



「チョコレート、ねえ」

 自室。蜜柑は美樹の提案を反芻していた。

(ほんとは来年の今くらいがいいと思うんだけど、その頃には自由登校だし、行けたら…だけど大学の手続きとかで忙しそうだしさ。だから今のうちに後輩たちにあげておこうと思って)

(手作りチョコってこと?)

(そうそう! 買ったら高いでしょ、だから……)

 受験の息抜きも兼ねて。美樹はそう言っていた。勤め先が決まっている自分にとっては息抜きも何もありはしないが、美樹の提案は面白い。

 問題は、スケジュールの都合上、そのチョコとやらを6割から7割は蜜柑が作らねばならない、ということ。

(誰にあげるの?)

(部活の後輩とか、蜜柑だったら委員会の子とか……)

(…先生とか)

(現社の高橋先生くらいしかあげたい人いないじゃん!)

 親友のためだ。どうせ暇だし、一肌脱ぐのも悪くない。

「そうと決まれば」

 手近なスーパーを自転車で回ったほうが早そうだ。バレンタインフェアはもう始まっている。特売日に合わせて買えば、出費は少なく済むだろう。

「おかーさーん! うちにハンドミキサーあったっけ? あの生クリーム混ぜるやつ!」

 蜜柑は弾んだ足取りで、階下へと降りていった。

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