チョコレイト・ウォー Ⅰ

 雨の午後はラジオの音楽チャンネルをつける。屋根を叩く雨滴とノイズ混じりの音声が合わさって、なんともいえない風情を醸し出すのだ。

 予定さえなければ、わたしはそうすることにしている。軽妙な語り口のDJが、週替わりでトークとリクエスト曲の放送を受け持っていた。ゲストを迎えることもなく、変な茶番を差し込むこともない。ただ粛々と放送を続けていくだけの、余計なことをしないスタンスの放送は、視聴者から根強い人気を誇っていた。

『リクエストいただきました、台東たいとう区の52歳主婦の方! 娘がハマッているバンドで、私もCDを貸してもらったらイッキにどハマリしました。今度ライブにも行こうと思っています……いいですねぇ。私もこの間曲をダウンロードしちゃいましたよ。それでは「T-ティーEdgeエッジ」で「キミがいた冬」、聴いていただきましょう』

 哀愁漂うギターソロが10秒ほどのイントロを奏でる。最近の曲だろうか、わたしは知らない。このチャンネルがそんな流行歌を流すのは珍しかった。そもそも、わたしは以来、流行を追うことも止めていた。

 イントロからハミング、続いて落ち着いたリフをバックに歌が流れ始める。

『雪舞う空を見ると キミがいた日を思い出すよ』

 ちょっと驚いた。雰囲気からして男性ヴォーカルだと思っていたが、おそらくはまだ歳若い女の子だ。ややハスキーながら安定した高音で、かつキンキン声にならず耳心地は良い。

『街角の喫茶店 展望台のある公園 あの頃はふたりどこまでも行ける気がして』

 失恋がモチーフだろうか。ワイルドな音構成の中に際立つクオリティがある、いい曲だった。

 ……それ以上に何故か、わたしの胸をざわつかせるものもあった。

『海の見える街 キミはいつか 僕を連れてくって叫んで』

(……これ)

 喫茶店、展望台、海の見える街、パーツが繋がっていくような感覚が走った。

『白いカーテンの向こう ずっとこんな日々が続けばいいのにねって 笑い合った冬空の下いつまでもふたりで!』

 叫ぶような、叩きつけるような熱量のヴォーカルで、いやそれ以上に……あまりにも一致していた。これは、。わたしが頃の、わたしとの歌だ!


『いやぁいい曲でしたねぇ。この季節にピッタリだと思います。続いての曲は……』

 DJの話は頭に入ってこなかった。

 中学、高校と、わたしには彼女がいた。背丈が低くて、男勝りで、でもすごく澄んだ声の、わたしが大好きだったひとが。

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