ユア・マインド

「何してるの? こんな時間まで」

「家計簿よ。誰かさんが新しいソファなんか買ったお陰で捗るわ」

「それはよかった」

「よくないっ!」

 私の同居人は名を陽香はるかという。一言で言うなら金遣いの荒い女で、恐らくは実家の太さがその浪費癖に一役買っているのだろう。祖父が官僚だったという話を聞いたことがある。

「まぁまぁ。新しいソファ欲しいって言ってたしいいじゃない」

 陽香は洗濯物が山積みになった籠を持って、ニコニコ笑顔を崩さずに階段を上がっていった。おのれ。実家からの援助も気軽に受けられる状況ではないというのに。

「……ま、すぐに影響出るわけじゃないしな」

 許してしまうのは私の甘いところで、また悪いところでもある。

 陽香との同棲生活も4年が近い。一般的な「夫婦」のそれとの違いは、もう籍を入れていないことくらいだろう。ゆるい距離感、適度な親交、ひとつ屋根の下口座を分け合い、家事と仕事を分担して、慎ましやかにされど幸福に、私たちは比較的恵まれた暮らしを送っていた。


「…………ふむ」

「師匠、どうでしょうか」

「腕を上げたな、奈津美なつみよ」

「ははーっ……勿体なきお言葉」

 丁重に頭を下げる。陽香、いや陽香様にわたくしめの作ったカレーを採点していただくのである。

「うん、美味しい。こりゃあわたしの立つ瀬ないねぇ」

「またまたぁ」

 スプーンを口に運ぶ陽香を見ていると、自然と口角が上がっていくのを禁じ得ない。

 自分の作った料理を、自分の好きな人に食べてもらう、というのは、やはり幸せなものだ。

「いやいや、本気で……ナツメグ入ってる?」

「おぉ! ちょっとしか入れてないのに分かるもんなんだね」

「ふっふっふ……カレーを作り続けて幾星霜。この陽香の舌は誤魔化せませんぞ」

「おみそれしました〜!」


「ねぇねぇ、今度キャンプ行かない?」

「却下」

「即断⁉」

「どーせアニメかなんかに影響受けたんでしょ。テントから何から、一式揃えたらいくらかかると思ってんの」

「うっ……」

 お母さんみたいな物言いだな。我ながら思うが、今さらどうしようもない。陽香と暮らすうえでついた癖みたいなものだ。

「……じゃ、じゃあ泊まりがけで旅行とか……」

「12月になるよ?」

「嘘⁉」

「こちとらそんなにヒマじゃないのよ!」

「うぅ……奈津美とどっか行きたいなって思っただけなのに……」

「……」

 気持ちは嬉しい。少し面倒だが、致し方ない。

「……わかったよ、7月に休み取れるかどうか掛け合ってみる」

「わーい! 奈津美大好きーっ」

「くっつくなー!」

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