メイド

「アリシア、今日の予定は」

「このあと10時よりウェンズデー様との茶会。そののち13時半よりランダンケ卿主催の園遊会にご参加いただき、それから17時までにはコルファウス砦への慰問訪問、時間厳守で、とのことです。続いて19時半より……」

「再びランダンケ卿の庭園に舞い戻って、各地領主の皆様方とワインを傾け談笑、24時までには屋敷に戻って就寝……翌朝は8時でいいのよね?」

「ええ。連日の公務でお疲れのこととは存じますが、何卒」 

「わかってる……ありがとうアリシア。じゃあ、靴と服の用意をお願い。それと」

 ローザお嬢様は、ぴっ、とその指先を、私の鼻頭に突き立てた。

「『お疲れ』なのはお互い様でしょ。わたしに仕える身なのはいいとして、そこで自分を殺したりしないで」

 いい? ローザ様の優しい微笑みに、私は夢見心地ではい、と頷いた。地位も家柄も、十二分な富も思うがままの貴族階級に生まれた彼女は、それでも慈悲や情愛の心をお忘れになったことがない。メイドとしては勿論のこと、同い年の親友としても彼女と接してきたが、本当に学ぶべきこと、尊敬すべき点が星の数ほどあった。


 志願してローザ様のメイドとなった私だが、さすがに不本意かつ理不尽な目に遭うこともある。ローザ様に非難されることはないけれど、ローザ様のお父様やメイド長、他家の貴族など、私の立ち居振る舞いが気に食わないという人たちは沢山いるのだ。そんなとき、必ずといっていいほどローザ様が手を差し伸べ、そして寄り添ってくれた。

 いつだったか、確か辺境伯の方でローザ様ともご親交のあった貴族だったと記憶しているが、とにかくその人にささいなことでこっぴどく叱られ、舞踏会に来ていた賓客全員分の靴を磨いておくように、というお達しが下されたことがあった。数はゆうに200を超えていて、私は泣きじゃくりながらボロ布に油を染み込ませていた。いつ終わるともしれない無間地獄に心が折れかけていたそのとき、私の隣に座ったのがローザ様だった。手にシルクの布と、靴磨き用の油缶を持って。

(そんな……いけません!)

(何が駄目なのよ。親友が苛められてるのに、わたしに見て見ぬふりしろって言うの?)

 そう言うと彼女は、一緒にやろう、と言いながら

 あまりにも痛快で、あまりにもお優しい。これほどまでの方に仕えられる喜びを、私は肌に感じたのだった。



「参りましょう。ローザ様。用意は出来てございます」

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