廃村にて

 夜更けの高速道路に、車の影は少ない。

 みなみ亜矢子あやこは、目立たない白いワンボックスで走行車線を流していた。目的地は北日本内陸部のとある廃村。最寄り駅まで数十キロ、周囲に観光名所も存在しない、消えるべくして消えた村だった。

 風速30センチ未満。地図は頭に叩き込んである。後部座席のシートを倒して、そこにいくつかの観測道具と、犬を入れたキャリーケースを置いてある。3歳の雌のラブラドールだ。名前をルイスという。

 ルイスはそこそこに揺れる車の中でも大人しかった。眠いというのもあるかもしれないが。親戚の犬が産んだ赤ん坊を引き取ってきた。大人しいがいうことを良く聞き、直感も鋭い、利口な犬だった。


 危うく見落としそうになるほど、寂れた場所に高速の出口があった。他に車もなかったが、亜矢子はウインカーを出してからスピードを落とした。

 車と一台もすれ違わないまま、廃村に着いた。正確に言えば、人の手が入らなくなって長いせいか、村へ至る道路に倒木があり、車で進むことができなかった。

 亜矢子はトレッキングシューズに履き替えると、ルイスを連れて車を降りた。カメラ、三脚、GPSなどのほか、野生動物対策に笛を、そして包帯や絆創膏、軟膏、止血剤など、一通りのエイドキットをもリュックサックに詰め込み、倒木を踏み越える。



 道路、というより森だった。苔むした道を進み、蔦の絡まった村入口の看板を横目に見ながら入村。人の気配はない、代わり、鹿が連れ立って歩き、鳶が上空を行き来していた。亜矢子は適度に笛を吹いたり、ルイスを吠えさせたりしながら野生動物を追っ払った。いれば厄介だと思っていたツキノワグマは幸いにも、その姿を認めることはなかった。

 家々にも植物が絡みつき、あちこちで旧い車が朽ち果てていた。廃村をしばらく行ったあたりで、ルイスがこちらを見上げて鳴き始めた。ここから先は嫌だ、とでも言いたげに。

 亜矢子にも理由はわかっていた。この村はとにかくくさい……ガスのような独特の臭いだ。ルイスを宥めつつ進む。住居地帯を抜けた、小高い丘の向こうに、湿地のような開けた場所があった。

 ……湿地にしてはものすごい臭いだ。

 だ。いわゆる油田。国内の埋蔵量など雀の涙だが、確かに存在する。染み出すような僅かな湧き方だが、ここにもあった。

 不服そうなルイスを尻目に、亜矢子は写真を撮った。採掘施設を用意できるほど先立つものはないが、商売の第一歩としては、おそらく悪いもんじゃない。

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