海竜

 海竜というからには、もっと蛇みたいなフォルムのそれを想像していた。長いからだは始点から終点まで、街一つ飲み込んでしまうような大きさと太さを持ち、顔は爬虫類を禍々しくしたような、まさしく人智の及ばない……。

『ゼリア! そっちに行った‼』

 頭の中にフリーナが呼びかけてくる。呪言師じゅげんしの大いなる力の一つである。私はそれを頼りに、海竜の……どこをどう見てもにしか見えない怪生物の突進を避けた。

(くっ、息が…!)

 2分近く海中にいる。息継ぎとしゃれ込みたいところだが、アルマジロ野郎が琥珀色の瞳を光らせていた。二重の意味で。何故か水中にあっても光を宿している……あれが索敵の役割を果たしているとすれば…などと考察したいところだが、奴は攻撃手段にも事欠かない。まごまごしていると、濁った水の向こうから信じられないほど強烈で高速の爪が飛んできた。

『フリーナ! あいつ隙がなさすぎる!』

 神経疎通テレパスを使ってフリーナに呼びかける。ややあって、彼女から返答があった。

爆散叉槍バラスピアは?』

『駄目だ。水中じゃ水圧に負けて、充分な威力が出ない』

 爆散叉槍は、先端に爆発物を括り付けた数本の槍を内側から加圧して吹き飛ばし、全包囲に被害を与える原始的な技だ。加圧に魔力を割く必要がなければ、他の手段で代替したいところだ。

 そして、その爆散叉槍は水中では役に立たない。ただ、相手はあのアルマジロ野郎で、私が目一杯力を込めて突き刺した槍がぼっきりと折れたあたりからしても、ちゃんと地上で撃った爆散叉槍が通るかどうかわからないのだが。

『なにかわたしにできることはない⁉』

『空中からあいつの気は引ける?』

『……竜と会話したことはないかな……』

『あんなのが竜なもんか、あれはアルマジロなの! ア・ル・マ・ジ・ロ!』

 というか真面目に息が続かない。全力で泳ぎ、海面を目指すが、アルマジロ野郎も一緒に泳ぐおかげでなかなか水面に辿り着けない。

『………! ………!』

 そのとき、ようやくフリーナの神経疎通が届いたのか、アルマジロ野郎の動きが止まった。フリーナのそれは私の耳にも入ってきて……それでも私に影響はない。とにかく奴の追撃はなくなった。私はようやく、恋しき水面に顔を出すことができた。


「はぁっ…はぁっ…二度とやらないからね」

「やっぱり無茶があったか…海竜の表皮だけ剥いで鎧を作ろう! ってのは」

「そらそうでしょうよ……やっぱりさ、フリーナ、私らは堅実な商売がいちばん似合ってるんだよ」

「はは。かもねぇ」

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