時の階段

 階段を駆ける。その度に出口が遠くなる。それでもひたすら、私は脚を動かし続けた。

(ほらほら、頑張んなよ。そんなんじゃあいつまで経っても、元の世界に戻れっこないよ?)

 脳内に直接話しかけられる。ええい黙れ黙れ、と頭を振り、声を追い出す。


 落ちても死ぬことはない。足を滑らせたときにそれは実証済みだ。さりとて落ちればまた最初から。おまけに1つの階段を登りきったと思ったら、また新しい階段の前まで飛ばされる。

 気づいたらここにいて、「声」の言われるままに行動するしかなかった。抗おうにも声の正体が掴めない。ことによると、自分の無意識が作り出した虚構の恐怖なのかもしれなかったが、仮にそうだとして、逃げる手立てはどこにもない。

「はあっ…はぁっ…」

 非現実的だ。重力感が薄い、というか月面かどこかで……行ったことないけど……跳ねてるような感じがする。結構走っているが、心臓や肺に痛みが来ない。強いて言うなら息が上がるくらい……いやそれすらも、微妙としか言いようがない。とにかく、実感が薄れてきている。

(おや。最初は威勢良かったのに、随分と苦しそうな顔をしているね)

「……黙んなさいよ……!」

 この声、私が実際に発話して返答しないと反応がない。つまり思考を読まれているわけではないようだ。それでも、一応内心でアレコレ考えてはいるのだから、あまり余計な口は挟まないでほしい。

(まぁいいさ。僕はあくまで観察者なんだ。君たちのような傀儡くぐつが迷い込んだところで、やることは変わらない。手出しもできないしね)

 そうかいそうかい。私はマラソンを再開した。どうせ心臓に来ないんだったら、思いっきり走り抜けている。


 何回目かの頂上。最後の段に降り立った瞬間、身体が浮いて、また別の階段の一番下まで飛ばされる。

 だから私は、あえて頂上一歩手前で立ち止まった。

(……どうしたんだい)

「考えてるのよ」

(ははぁ。僕にはわからないな)

「……ここに立たなければ、私はのよね?」

(……)

 声が返答に詰まる。

(……それなら、抜け出せないぞ、君は)

 ややあって、声はそう言った。正確には頭の中でそういう思考が挟まった……というべきか。

「かまわない。また登るよりマシよ」

 私はおどけてみせた。挑発らしいことはひと通りやった。勿論途中で足を止めてもみたが、結局唆されて再スタートした。

 今度は、違う。


(……人間は、愚かだ。)

 声がそう言ったかと思うと、私は急に意識を失い、気づけば自室のベッドの上だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る