住めば都の水清からずや

 安酒をぶちまけたような品のない町だった。薄汚くて排他的で、町のどこにいても変なにおいがする。そういう町にはそういう町なりの魅力があり、私が暮らしているのもそれに惹かれているから、というのは、正直否定できない。

 歩道橋の階段を下りる。下りた先で、酔っ払いが掴み合いの喧嘩をしていた。その脇を潜り抜け、住処すみかのボロアパートに向かった。この町に住んで10年近く、快適に暮らすコツは「目立たず、埋もれず」だ。存在感を出してメンツは保ちつつ、決して目をつけられてはいけない。ワンルームのアパートは28歳のOLが暮らすにはみすぼらしく汚らしいが、それでも私には合っていた。


 最近、娼婦と知り合った。親が国会議員だとかで、どう見てもこの町には相応しくない家柄だったが、安いモーテルで男を引っかけてはお金を巻き上げていた。一度彼女に誘われ、そのモーテルで男女10人ほどで集まってドラッグ・パーティーをやったことがある。覚えているのは服を脱いだところまでで、朝起きたら紐パンがお尻から出てきた。二度と行くまいとは誓ったが、彼女との付き合いは続いている。


「あたしは家庭いえとは絶縁状態だったんだ」

 一度、彼女に問うてみたことがある。親が議員だというのに、ここで暮らしいてもいいものかと。彼女はそう答えた。

「勘当…ってこと?」

「ちょぉっと違う。帰ってくんなとは言われてないからね。ただ、あたしは帰る気はない」

 私のアパートで煙草を吹かしながら、彼女はにいっと笑った。

「その代わり、カネがヤバくなったときに脅して毟れるかも、くらいには思ってるよ」

「やめなよ…そういうの、割に合わないよ」

「……案外真面目なんだね」

 私には貞操観念だの法律遵守だのとややこしい思想はない。ないが、やはり悪目立ちはすべきではないだろう。その点でいえば、町の人間はたいてい彼女のことを知っていたし、彼女もまたそれなりにこの町を居心地よく思っているようだった。

 彼女と半同棲を試みたこともある。しかし、二人で住むのに四畳半は狭すぎた。普段はどこで寝ているのか、彼女に訊いてみたところ、相手に貢がせてホテル、または稼いだ金でネットカフェ……という、いささかロックな答えが戻ってきた。

 こういう町だからこそ、彼女のように適度にルーズで、互いに踏み込み合わない関係が大事なのかもしれない。

「ねえ」

 久しぶりだしさ、今度どこかに遊び行かない?

「いいじゃん!」

 町は汚れていても、彼女も私も生きている。

 それで充分だろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る