快眠業者 Ⅷ

 なが加奈かなが、行方をくらませた快眠業者の影を追い始めて、既に2ヶ月が経った。

 言いつけを破って、複数の探偵業者に依頼した。それもこれも快眠業者の姿が影も形も見えなくなってから、である。

 本人に悟られるような真似はしていない……と思ったのだが。


(見つからない)

 毎日一度は電話をかけている。呼び出し音のあとに、この番号は現在使われておりません、と無機質なメッセージが流れる。このままでは尻尾も掴めず消えてしまう。焦りばかりが加奈の頭を支配した。

(もっとパーソナルな話を聞いておくべきだった)

 手がかりがない。依頼した探偵からも、これといった情報はもたらされない。

 本人に見つかるかも、と敬遠していたSNSにも手を出した。匿名で、それとバレないように、嘘と真実を織り交ぜつつ、いくつかの掲示板に投稿した。有益な情報もあることにはあったが、信憑性には欠けた。

 眠れない日々が続いていた。快眠業者のまじないなしでは、かくも眠りに落ちることは難しいものかと思い悩んだ。勿論、眠れる日もあったが、決まって悪夢を見た。


 元に戻りつつあった。何もかも、うまくいっていなかったあの頃に。




 街外れにある洋館に、奇妙なバケモノが住み着くようになった。そんな都市伝説がまことしやかに囁かれ始めた。加奈の住む街の、2つほど隣。古い街だった。伝承や民話のたぐいが、たくさん残っているような。

 加奈はそこもとっくに調査済みだったが、洋館の噂を聞き、探偵と共に隣の街まで赴いた。

「やめといたほうがいいんじゃないすかねェ」

 見るからに気弱そうで、どうして興信所なんかやっているのかわからない青年だったが、それでも5枚ほどの福沢ふくざわきちを見せると大人しく車のハンドルを握った。ガソリン代も加奈が出した。

 探偵は現場に到着してもなお及び腰だった。

「……警察に任せたほうが……」

「めぼしい発見はなかったそうです」

 行きましょう。さっさと規制線のロープを踏み越えていく加奈の後ろで、勘弁してくれよぉ、という悲鳴に近い声が聞こえた。


 内部は埃臭く、暗い。加奈は懐中電灯を点けた。人が侵入した形跡はなさそうだ。バケモノとやらが本当に怪異のたぐいなら、加奈に打つ手はないだろう。しかし、相手が生物であるならば、少なくとも姿くらいは見えるだろう。

「帰りませんか?」

 探偵が言った。加奈は何も言わずに彼を一瞥し、洋館のホールを横切った。

 靴音がよく響く。吹き抜けになっているようだ。採光窓は小さく、上のほうの様子は掴めなかった。

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