靄の追求

 人は皆、答えを探し求めている。


 定期試験中の教室は、ペンが紙を滑る音で満たされ、そこにたまに衣擦れや咳払いが混じった。張り詰めた糸のように空気が緊張している。40人近くの生徒が閉じ込められた懲役50分の牢獄で、私は答えを探しあぐねていた。

(……わからん)

 まったくわからないのなら諦めもつくが、教科書の片隅に鍵となる文言を見た気もするし、ノートに書き留めた記憶もあるのだ。それなのにフィルターにもやでもかかったみたいに思い出せない。

(……くうぅぅ、私のばか! 昨日の晩何やってたんだ⁉)

 動画サイトを巡回していました。ヤマ張ってりゃ余裕だろと調子乗って。それは愚かな選択でございましたと、今さらになって誰かに懺悔したところで昨日の夜の2時間半は戻ってこない。

(印象的なフレーズだったしあんなの忘れるワケがないと思うんだけどな………)

 幸い暗記科目だ。要所要所で簡単な計算は出てくるが、なにせ計算だし、よほどトチらない限りそこで点を落とすことはないだろう。問題は、私が悩んでいる思い出せないの箇所が完全解答でしか点をくれないということだ。

(どうする⁉)

 他の問題を概ね解き終わって――といってもヤマを外したので5割がた当てずっぽうだが――、用紙の裏にも新たな問題がないことを確認した。そのうえで、空欄に当てはまる完全解答の用語が思い出せない。

(……思い出せ……!)

 確か何かのゴロ合わせで覚えていたような……そうだ、西暦だ。その年に成立した法律を問う問題だった。この法律の名前が出てくれれば、あとは芋づる式に答えが引き出される筈だった。

「試験時間、残り5分です」

 試験監督が告げる。嘘だろ、と腕時計に視線を落とす。本当に終了5分前で、それでも靄が晴れる気配は一向にない。

(どうしよう………⁉)

 あと少しが遠かった。鼓動が早い。別に答える必要はないのだ、残りは全部埋めたんだろ? 心の中の悪魔が囁く。折れかけた意志を、しかしどこかで捨ててはならぬと叱責する声が聞こえる。

 残り3分。楽になりたい。じわじわと思考を侵蝕する「逃げ」の思考。これはまずい。仕方がない、他の問題を見直しにかかるか……まずは簡単な計算問題から。


 ……あれ。

(……合計値が……合わない…………?)

 なんと、簡単な筈の計算問題にミスが発覚した。トチるはずがないと思っていた箇所だった。


 終わった。






「そこまで! 試験時間、終了です。回答をやめてください」

 繰り返します。試験時間終了です、直ちに回答を……。

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