ハングリー・マック

 モンスタートラックに家を踏み潰された。


 私は呆然と目の前の光景を眺めていた。ここはネバダ州の砂漠。私はトレーラーハウスをきながら移動して、各地でライブを行うミュージシャンだった。潰された、というのはそのトレーラーハウスで、某社――仮にC社とする――のピックアップトラックをベースに、オフロードダンプもかくやという大きさのタイヤを履かせたのが件のトラックである。

「すまないナオミ! 『ハングリー・マック』の性能テスト中だったんだ!」

 デブの男がやって来て、私に弁解する。トラックの運転手らしい。ハングリー・マック。名は覚えたぞ。あの腐れトラックめ一生恨んでやる。トレーラーハウスは木製だったこともあってかズタボロにやられていた。既に原形を留めていない瓦礫の山だ。ハリケーンにでもやられた、といったほうが通りそうである。

 そしてハングリー・マックのほうはというと、後輪に我が家トレーラーハウスの残骸を引っかけて、申し訳なさそうに砂地の中に佇んでいる。トラックもデカいがハウスもデカい。双方、無事では済まなかったということなのだろう。

 ……それにしたって憎らしい。けばけばしい蛍光緑のペイントが日光を反射していた。


「本当にすまないナオミ。君のコンサートにはよく訪れていて、今度のラスベガスにも是非行きたいと思っていたところなんだ……なんと言っていいのか……」

 訴訟大国アメリカにしては、デブはやけに素直な謝罪を行った。賠償の話も出たが、彼はそれに応じる構えだった。

「ざっと2万5000ドル」

「なっ……」

 彼は一瞬顔を蒼くしたが、すぐにどんと胸を叩いて宣言した。

「払うとも。俺はナオミの大ファンなんだよ。君がツアーを続けられなくなるのは、アメリカ音楽界にとっての大きな損失だ!」

「……冗談よ」

 悪い奴ではないらしい。私は考えておくよ、とだけ言って、瓦礫の中から救出したテントを張った。


 陽が沈む。ネバダの砂漠はろくに灯りもないが、バイカーたちがあちこちで騒いでいた。

 私は放置されたハングリー・マックを見ながらテキーラを呷っていた。我が家の仇敵には相違ないが、こうして見るとスタイリングは勇ましい。妬ましい一方で、悪くないんじゃないかと思う気持ちもあった。悔しいことに。


 翌朝、補填としてハングリー・マックが私に譲受されるということで話がまとまった。デブは私に何度もそんなことでいいのかと確認をしたが、私は一晩眺めている内にハングリー・マックを気に入ったのだから仕方なかった。

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