極限状況

 銃口がこちらを向いている。

「言い訳はいらないのよ」

 ボスは呆れ返ったような口調でそう言った。

 一手ミスればジ・エンドだ。ここは中国重慶市、繁華街から一歩奥まった路地の一画に設けられたボロ布のようなテントが張られた、とある犯罪組織の臨時アジト。

 わたしは某国秘密警察のスパイだった。といっても「某国」に対する畏敬の念はなく、単に金で雇われたからやっているにすぎない。

 しかしながら潜入がバレた。

 太好タイハオとだけ呼ばれるボスが、側近の女に事もあろうに.50口径の拳銃を持たせている。こんなものを人に撃ったら大変なことになる。力を見せつけるのが好きなボスだと聞いているが、これは滅茶苦茶だ。

 側近の欣怡シンイーはそれなりにわたしに優しくしてくれたのだが、スパイとなれば仕方あるまい。今の彼女は冷徹に、機械のようにわたしの方を向いた銃の引き金に指をかけている。わたしは脳内で必死に言い訳を探した。

「あなたが路地裏で野良犬のエサになった後でも、消えた300万ドルの行方なら探せるの。私だって無駄弾は使いたくないのよ…….50口径って、ことさらに値が張るから。ねぇ」

 太好は目を見開いた。

「あなたにとっても悪い選択肢じゃないわ。雷暴レイバオ、このさい正直になって……全てを話してみるのはどう?」

 猫なで声で指を組む太好。さすがに冷や汗をかいた。しかしながらここで引いてしまうと、この危険なミッションはただ働きになってしまう。

「……申し訳ありません。出来心でした。連中はわたしの両親を人質に――」

「五月蝿いッ!」

 びりり、と空気が震えるほどの一喝。さすがに慄いた。

「出来心で300万ドルを持っていかれちゃア面目丸潰れなんだよ。なぁお嬢ちゃん、わかる? 私がどれほど苦労してアレを稼いだか……来る日も来る日も営業して回ってヘコヘコして、それでようやっとヤクを売り捌けるようになったかと思ったらコレだ‼」

 やってられねぇ、やってられねぇよ! と今までの静けさもどこへやら、太好は人が変わったように足を踏み鳴らし机の天板を殴り、語調も荒く顔を歪ませた。太好に気圧されたか、欣怡の銃口がわずかにわたしを逸れている……この機を逃せば他にはない。わたしは鋭く銃を蹴り上げた。.50口径が宙を舞う。欣怡が呆気にとられたその隙に、空中の銃を掴み取って1発、撃つ。肩が外れそうなほどの反動だった。

「手前ッ……!」

 太好ががちがちと歯を震わせる。その右手首から先が吹き飛んで、噴水のように血を吐いていた。

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