快眠業者 Ⅵ
ふっ、と、脳裏に嫌な予感がよぎった。快眠請負人の身に何か起こったのでは……一度考え始めるとどうしても気にかかる。しかし会社に遅れることもできない。昨夜は結局あまり寝付けなかったし、よって朝の自由時間も少ない。
社内では
磯村のことは、もうあまり気にならなくなっていた。ワイドショーを賑わすのは数日で、彼が刑務所に入って以降は縁も切れると思ったから。警察に聞かれるのも面倒だが、せいぜい番号を残しておくくらいだ……磯村が加奈の名前を口にしなければ、だが。あれ? でも被疑者が直前に誰と連絡をとっていたとか、そういうのは調べられるのだろうか?
早退というほどではないが、先輩に仕事を代わってもらった。昼休み中、一度快眠請負人に連絡を入れたのだがレスポンスはなかった。
嫌な予感が現実となりつつある。いつも使う特急列車がやけに遅く感じた。
「快眠さん!」
加奈は快眠請負人のことをそう呼んでいる。
「快眠さん! 快眠さんっ‼ 無事ですか⁉」
ドンドンと事務所のドアを叩く。返事はない……ふとドアノブが目についた。手にかける。動いた。
「……快眠さーん」
ぎぃ、と音を立ててドアが開く。事務所の中は暗かった。電灯もなく、カーテンもない。
「快眠さんっ! どこで」
「来るとわかっていましたよ」
突然暗闇から声が響く。心配して訪ねに来たはずの加奈のほうが腰を抜かすほど驚いてしまった。
「ご心配をおかけしたのなら謝ります。いかんせん初めてのことなので、やはり身体への負担は無視できない」
コーヒー――加奈が淹れた――を口に含みながら、快眠請負人は苦々しげに言った。外見に変わったところは見られない。加奈はとりあえず安堵した。しかし、負担がかかっていたのは事実だ。そして無理をさせたのだとすれば、原因は少しばかり正義感の先走った自分にある。
「ごめんなさい……私のせいで」
「違います!」
いつになく強い語調で返される。加奈はびくりとして居住まいを正した。
「あなたの選択は、判断は正しかった。私も…買い被るわけではありませんが、正しい道を選んだと思っています」
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