生徒会室に入る前から、漂うにおいが私の鼻をついていた。

「……失礼します」

 意を決してガラリと戸を引く。部屋は煙草のケムリで靄がかかっていた。その向こうに、窓枠に腰掛けてスパスパやっている生徒会長の姿があった。

「会長! ここではうなって言ったじゃないですか!」

 私は憤慨しながら、天宮あまみや生徒会長をなじった。高校生の喫煙行為は、校則はもちろんのこと現行の日本の法律にも違反している。会長はそこのあたりがストーンと抜け落ちているのだ。煙草だって安くはあるまいに。

「そう硬いこと言うなよ、真奈まなちゃん」

「硬いことじゃないです。あと真奈ちゃんって呼ぶのやめてください」

 会長の手から煙草を取り上げる。既にかなり短くなっていた。彼女は舌打ちして、窓枠から降りる。

 天宮なつき。生徒会長だが1年留年、ご覧の通り素行は最悪。眉目秀麗で勉学も「やればできる」らしいが気分次第で試験も授業もフケるという、学内きっての問題児である。一応人当たりはいいほうで、ルックスも悪くないので生徒人気はそこそこあるようだが、教師陣からの評価は地の底だ。

「煙草のを手伝ってるのは私なんですよ!? その辺りをもうちょっと考えて……わぷっ」

 会長に煙草の煙を吹きかけられる。目鼻口を閉じた先で、会長はニヤニヤしていた。

「……サイッテー!!」

 私は会長コイツが嫌いだった。


「すっかり冬だねえ」

「秋の次は冬なんです。バカ言ってないで手を動かしてください」

 議事録やらなんやらを整理しつつ、私は呆れて溜め息を漏らした。何が面白いのか会長はくつくつと笑っている。

「かわいいねえ、真奈ちゃんはさ」

「……からかわないでください」

 好きでもない相手にそんなこと言われたって、嬉しくもなんともない。

「副会長だってのにちっとも偉そうにしないし」

「生徒会にそんな権限ありませんからね」

 嬉しくもなんともない。

「来年も会長があたしで、副会長が真奈ちゃんだったら居心地いいんだけどなぁ」

「私にダブれっていうんですか?」

 ……嬉しくなんか。

「嘘だってば…ところで1本どう?」

「通報しますよ?」

 ……ないはずなのに。


「……来年もよろしくね、真奈ちゃん。3ヶ月だけだけど」

「……ええ」

「どうしたの? やけに素直じゃん」

 会長から煙草を奪い取る。口に銜えた……自分でもどうしてそんなことをしたのかわからない。

 ぶぅ、と烟を吹いてやった。目をパチクリさせている、いい気味だ。

「よろしくお願いしますね」

 私は、案外この烟が嫌いじゃないのかもしれない。

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