仮病

「すいまぜん、げほっ、ちょっと昨日の晩…熱出してしまって、いえ、インフルではなさそうなんですけど、げほっ……」

 咳の演技をしながら、会社に病欠、否、病欠の連絡を入れる。月曜朝、これは遅刻寸前という時間に起きて、おまけに乗る予定の電車が信号トラブルで遅延。デカい・ややこしい・ソリが合わないと三拍子揃った案件も控えており、わたしは学生気分の抜けきらない選択をとったのだった。

 案の定上司にはやいのやいの言われたが、新卒二年目をそんなことでイビっても仕方がない。いや悪いのはわたしだが。お説教は切り上げられ、早く治すようにとのお言葉を頂戴した後電話は切れた。わたしは舌を出しながら、さて、どうしてやるかとベッドに寝っ転がった。

 ゆうべ呑み過ぎたせいか、若干具合が悪いのは本当だ。ただ仕事に支障をきたすほどではない。こういうのはモチベーションの問題だ。面倒な案件なんてのはやりたい人だけがやればいい。

 外は寒い。最高気温は8度とかなんとか……何か買いに行ったり食べに行ったりという選択肢はない。仕方なく家でゴロゴロしよう。推しのライブの円盤を再生するのも一興かもしれない。とりあえずマグカップに入れたココアで一服した。


 いつの間にか寝てしまったらしい。けたたましいインターホンで目が覚めた。時刻は午後二時。はいはーいと返事しながら玄関ドアを開ける。

「あっ」

 ……同僚だった。


「……風邪ひいたって言うからさぁ」

 同僚は口を尖らせた。スポーツドリンクやらアイスクリームやらを買ってきてくれたらしい。こうなると途端に申し訳なさが湧いてくる。

「ごめんってば」

「ホントに思ってる?」

 彼女は疑り深い。それでも心根は優しく、まぁいいけど、と自分で買ってきたプリンを食べ始めた。

「どーする? ゲームやる? 対戦できるよこれ」

「……なんというか、面の皮が厚いわ。あんた」

 そうだろうか。

「まぁよかったわ、元気そうで。明日は会社、来るんでしょ?」

 そんな学校みたいなノリで言われると、やっぱり罪悪感が皮膚の裏を走っていく。うう、ごめんなさい。もう嘘はつきません。まっとうに生きます。なるべく。

「そういえばアレどうなったの? 3階に自販機入るってやつ」

「あぁー……なんか今朝も部長が話してたけど、なかなか難しそうだって」

 他愛もない話を続ける。同僚を心配させてしまったのはともかく、たまになら仮病も悪くない。

「――とか思ってない?」

「そそそそんなばかな」

「こいつ……」

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