牢の光

 鍵を持った家政婦に連れられ、地下牢へと続く階段を降りる。寒く、暗く、長い階段だ。奈落の底を思わせる。家政婦の彼女が照らす、カンテラの灯りだけが頼りだ。

 やがて長い階段も終わり、続いて長い廊下が始まる。階段のそれと同じく床も壁も石造りで、底冷えするほど無機質だ。

「着きました」

 家政婦が私にカンテラを預け、とある牢の鍵を外した。仰々しい音を立てて鉄扉が開いていく。

 中には私の知り合い……かつて「国り」とさえ呼ばれた大盗賊のエナが、今は見る影もなく囚われていた。

「……何しに来た」

「安心して。その顔を笑いに来たわけじゃないから」

 知り合い、というより、私とエナの関係は親友と言い表したほうが的確だろう。私は王城の近衛兵、彼女は稀代の大盗賊……立場はあまりにも違うが、たしかに私たちは同じ国に生まれて同じ窓に学び、あの日袂を分かつまでは将来をも誓いあった仲なのだ。

「……逃がしてくれるのか?」

「違うわ、よ」

 私は国王印の捺された書状をひらつかせた。エナの目つきが鋭くなる。

「国王も気が触れたか。あたしを逃がそうなんて命知らずもいいところだろ」

「買い被ってんじゃないわよ」

 エナの手を取る。痩せていた。だが骨ばっていても力は強く、油断すれば組み伏せられそうな迫力を感じた。


 私が王都で近衛兵の座を掴み取ったその頃、エナの身に何が起こったのかは知らない。ただ気づいたときには私は命を受けて賊の首領を追い詰め、その喉に刃を向けて――それが彼女エナだと知ったのだ。

 エナの手には大司教の宣誓書が握られていた。統一宗教を国教とおいた3ヶ国の同盟を示す意味合いもある、この国にとっての最重要書類だ。それが盗まれることはすなわち、わが国の裏切りを指し……三国同盟を反故にする重罪であった。


 エナは辺境伯の所有する地下牢……主として終身刑を言い渡された罪人の終の住処に収監された。ここにエナ以外の姿はない。エナ本人はこの瞬間まで知らされていなかったが、終身刑とは人間への措置だ。

 じゃらり、と鎖の音が、長い階段に響く。念のために枷の鉄球をつけてある。痩せこけ、髪も無造作に伸びた彼女に、一瞬過った憐憫を振り払う。

 やがて地上に着いた。随分と久しぶりに日の光を見た気がする……エナほどではあるまいが。

「かーっ、シャバはいいねぇ」

わけじゃないわ。罪人にマトモな権利なんかない」

「わーってるってば」

 王家の馬車に乗る。西の雲を除けば、空は澄んで晴れ渡っていた。

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