おかしな乗客たち
市バスの運転手をやり始めて長い。
この街に引っ越して、しかもバスの運転手をやるといったときの両親の顔は傑作だった。まるで黙示録を目の当たりにしたかのようで。それほどこの街がひと癖もふた癖もある「変わった」ところで、ぶっちゃけ犯罪率も高くて、とにかく危なっかしいからであろう。
しかしながらそれは、スリルを求めて彷徨う私にはうってつけだった。
『発車いたしまーす』
車内に呼びかけてバスを動かす。もう慣れたが、カオスそのものの匂いが渦巻く車内の連中は聞いているのかいないのか……とにかく変な街だ。乗客同士が、あるいは私と乗客が掴み合いの喧嘩になることもおかしくない。今シーズンのしょっぱな、1日目の始発は傑作だった。頭から血を流した白髪のじいさんが鬼の形相でステップを登ってきたのだ。手には猟銃を持って。
「あのバカはどこだ! 殺してやる!」
そう言って暴れるじいさんをなんとか宥めすかし、猟銃もろとも警察に通報した。客も慣れたものでそこまでの騒ぎにはならなかったが、思い出す度に笑顔になる。
『ちょっとそこの方? 車内で
感傷に耽っていると、バックミラー越しに看過できない光景を発見する。浮浪者らしき人が、歯の抜けた顔で錠剤やら乾燥したハッパやらを売りつけようとしていた。
「なんや姉ちゃん。固いこと言うなや」
のぅ、と悪びれもせず、それどころか周囲に同意を求めるように歯の抜けた口で笑いかける。仕方なく次の信号で引きずり下ろした。
「ねぇ、料金表示がわかりにくくて払いそびれちゃったんだけど」
若い女性だ。美人だが天然っぽい。
『……整理券をお取りくださいとアナウンスした筈ですが』
「わかりにくいのよ…二丁目まで戻ってくんないかな?」
『料金はどうなさるおつもりですか』
「…お仕事の後、私のコト好きにしてもいいよ……?」
指を顎に這わされた。つまみ出す。
「すいません! ちょっと角の病院まで……健康診断なんですけど」
『タクシーか救急車を使っていただけるとありがたいですね』
「忘れ物なかったですか!?」
『何を失くされました?』
「思い出です。あの人との……きゃっ」
『失くしたのは頭のネジでは』
ほぼ毎日この調子だ。それが楽しくて仕方ない。天職といっていい。今日も居眠りで車庫まで来てしまった乗客を背負いながら事務所に向かうと上司に呼び出された。
「君にお客さんが見えてるぞ」
「お疲れ! お姉ちゃん。大変そうやなぁクスリいらんか?」
「いりませんッ!」
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