†闇†

 若気の至りで、いわゆる闇鍋というやつをやろうということになった。


 メンバーは沙希さきりょう、わたしの3人。予定を合わせて、バイトのシフトのない日曜日に沙希のマンションに集まった。大きめの土鍋と材料を持ち寄って、とりあえずは湯を沸かす。

「……ドキドキするね」

「こういうバカみたいなこと、してこなかったもんね、私たち」

「まぁまぁ。何事も経験だよ」

「そんな無責任な」

 3人は幼なじみである。それなりに頭は良く、頑張って各々が国立に受かったまでは良いが、判断力にいまいち難があり、ともするとこういうバカをやらかすときにブレーキ役がいなくなる。

 電気を消してカーテンを閉めて、換気扇だけは動かして、鍋の火だけを頼りに具材を投入していく。

 わたしは魚肉ソーセージとはんぺん、チーズかまぼこに鮭とばと、魚介系で攻めてみた。さらに鰹の顆粒だしを投入する。

「沙希、なんかすごい音したよ…?」

 暗すぎてなにもわからない。

「気のせい気のせい。まいは何持ってきたの?」

「わたしは一応、そのまま食べても美味しいやつを中心に……涼子は?」

「生きてる?」

「生きてるよ! 私も一応そのまま食べられるやつを」

「まぁ基本的にはそうでしょうよ。火強くする?」

「そうだね、硬いのとかあったらヤだし……って何この匂い⁉」

「うわ〜食欲減退するわ〜」

 ぎゃいぎゃいと騒ぎながら、3人で鍋を煮詰めていく。塩とコンソメはマストで入れるとして、あとは具材次第だ。

 それにしてもすごい匂いだ。クセの強い海産物を突っ込んだわたしが言えた義理ではないが、おそらく沙希か涼子のうちのどちらかがホールトマトをひと缶入れている。時間が経つにつれ、だんだん鼻がひん曲がりそうな激臭へと変化していく。

「ねぇ……これほんとに食べれるの?」

「えっ今の誰? 舞?」

「鼻つまんでるからわかんねーよ!」

 ひとしきり笑って、頃合いだろうと電灯を点ける。

「………うわ」

 誰からともなく、悲鳴に近い呻きが漏れた。この世の終わりみたいな色の鍋が沸騰している。

「誰だよこれやろうとか言い出したやつは」

「……涼子じゃない?」

「アンタだよ!」

 一瞬よぎる後悔を上塗りするために、沙希が小皿に闇鍋を取り分けていく。何この茶色いの……。

「では」

「……いただきます」

「……いただきまーす!」

 各自、もくもくと箸を動かすが、威勢が良かったのは最初だけだった。

「……うぐ」

「……うぶっ……」

 腹は減っているはずだが、とにかく箸が動かない。

 鍋の底は、未だ遠い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る