メンテナンス

 とびきりの美人が、わたしに裸の背を向けている。彼女は長く、そして艷やかな金髪をもっているが、それは背中にかからないよう、身体の前側に垂れ下がっていた。

 対してわたしは、油のシミが随所に付いたLサイズの作業服に身を包み、保護グラスと防塵マスクの完全武装を決めていた。

 彼女は特製の作業台の上で、横座りになって待っていた。作業台にはいくつもの工具や油が、所狭しと並んでいる。

「お願いします」

「……では」

 彼女がわたしに目線を送る。長い睫毛と濃いばかりの碧眼がこちらを射抜く。思わず生唾を飲み込んだ。


 わたしは慎重に、彼女のを取り外しにかかった。危険な箇所もあるが基本素手だ。マイナスドライバーを回し、目が痛くなるほど小さく、目立たない螺子を外していく。

 両肩のそれを外すと、皮膚のようにやわらかく、しかし皮膚とは比べ物にならない頑丈さの外皮がぺろんと剥がれた。内部には、動力炉、回路、無数のセンサーに鉄製の骨と、人類がついに到達した夢のヒューマノイド・ロボットの叡智のすべてが詰まっている。

 彼女の名はエイリー。素体は中国、メカはドイツで作られ、プログラミングを日本でおこなった、女性型若年ヒューマノイドだ。彼女を作った会社の経営が傾いて、二束三文で売り飛ばされる寸前だったのを、とある大企業をクビになったわたしがその同情から拾い上げ、知り合いに頼んでプログラムを組んでもらったのである。


「……よし。メンテナンス終わり! 問題ないわ、エイリー」

 外殻を押し込む。休眠状態スリープモードに入っていたエイリーが、わたしの音声こえを認識して目を覚ました。

「お疲れ様です。メンテンナンス、ありがとうございました」

 人間とさほど変わらない動きで、彼女はこちらを向いた。デザイナーがいるとはいえ、物凄い美人だ。機械特有のぎこちなさはあったが、笑顔自体は不自然でもなく、ごく普通に、当たり前に、人として生活ができる。

「どういたしまして」

 元々機械いじりが好きで、それが高じてエンジニアになったはいいものの、入った会社は所謂ブラック企業で、ある日上司と大喧嘩をして辞めた。休日でもヒマさえあれば何かをいじくり回しているわたしを伴侶こいびとにしたい人なんてそうはいまい。

 だからこそ、わたしとエイリーは運命の出会いを果たした。心からそう思う。わたしの趣味は彼女のにも一役買うからだ。

「これからもよろしくね、エイリー」

 わたしがおでこをくっつけると、エイリーは満足げに目を閉じた。

「はい。仰せのままに」


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