絡む人絡まれる人

 社の創立記念パーティに来ている。

 規則だからと、新卒1年目の私も休日返上で来ているが、正直料理もお酒もイマイチだし、社長のスピーチも面白くなかった。

『それでは皆様、どうぞごゆっくりお楽しみください』

 ようやっとスピーチを終えたらしい社長の声を背に受け、私は一人、もそもそとローストビーフを食べていた。何やら辛気臭さで自分に黴でも生えたような気分になる。ぐええと思っていると、背後から声をかけられた。

松崎まつざきさん……だよね?」

 振り向くと、焦げ茶の髪を下品にならない程度に遊ばせた、180センチくらいの男の人が立っていた。名前は確か……。

「俺俺。俺だよ、石清水いわしみず! 新人研修のときにさぁ」

「あ…あぁー」

 覚えているようないないような。ヘラヘラと笑顔を浮かべてはいるが、とりあえず女と見れば声をかけるタイプかな。どうしよう、こいうのを追い払うのは慣れてないんだけど。

 石清水は久しぶり、元気してた? などとフカしながら馴れ馴れしく話し続けた。

「いやでもマジさぁ、松崎ちゃんカワイーから。合コンくる? ワンチャンあると思うよ!」

 カワイイと思っている女に対して『ワンチャン』などと失礼な言葉を使うだろうか。正直黴生えてるほうがずっとマシなんだけど先輩だし、逆恨みされても困るし……と引き攣った笑顔で思いあぐねていると、ふと誰かが私の肩を叩いた。

「待った?」

 振り返ると目力の強い美人だった。曖昧に返事ができないでいると、行こ、とやや強めに腕を引っ張られた。逆らえず、石清水を放置して会場の隅に向かう。


「あんた、この馬鹿!」

 ようやく手を離してくれたと思ったら罵られた。どういうことだ。

「石清水ってったら有名な女たらしのクズよ⁉ あんた新人?」

 はい、と頷く。いやなんなんだこの人は。変なチャラ男のお次は変なヒス女ときた……でも悪い人ではないのかも。曲がりなりにも助けてくれたわけだし。

「はーっ……じゃ、まぁ仕方ないか。でも覚えてて、あいつは女の敵で、女泣かせで、とにかく外面だけはいいクズの見本みたいなやつだから」

 びし、と指差される。唐突さと慇懃さに面食らうが、少なくとも性格がめんどくさいだけで根はいい人のようだ。それに、美人だし。

「じゃあね松崎さん。くれぐれも気をつけて」

「あ、ちょ、ちょっと!」

 去ろうとする彼女を呼び止める。名前も訊いていなかった。

「私は長谷川はせがわ理子りこ。困ったことあったらまた言って、できる限りで対応するから」

 にこ、と笑った顔は、妙に人懐こくて印象的だった。

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