新しい時代
腕時計に目を落とす。6分延着。
「お早いお着きで」
私は嫌味を言った。
「いやはや。道が混んでおりましてな」
遅刻を詫びもせず、男ははっはっと笑った。私は軽蔑の眼差しを送った。
「どうぞこちらへ」
会社が経営するカフェに案内する。事業の一つとしてではなく、元よりカフェチェーンを運営しているのが私たちの会社で、今回の招かれざる客はライバル店の――うちよりも遥かに老舗だが、経営は傾きかけているところの――偉い人だった。役職は知らない。
「資料には目をお通しになられましたか」
緩くカーブした石段を昇りながら訊ねる。
「いやはや、最近とんと細かい字が読みづらくなりましてな」
先方はわざとらしく老眼鏡を取り出し、かけた。鼻が低いからずり落ちるかと期待したが、そんなことはなく、内心で舌打ちをする。
「それではご説明をば。お茶でも飲みながらごゆっくり」
階段の先に、パラソル付きのテラス席と、用意させたジャスミンティーがあった。
「ジャスミンですか。好物で……」
先方がお茶嫌いなのはリサーチ済みだ。席についた先方は、ガラスのティーカップをぐびりと傾けて、よく冷えたジャスミンティーを飲み干した。ちなみに今日の最高気温は摂氏9度である。
「ああ、ウマい。急いで来たもので……では、早速本題のほうに」
「こちらに要旨をまとめておきました。どうぞ」
文字のポイント数を下げたプレゼン資料をタブレットの画面に表示し、先方に見せる。今度こそ老眼鏡がずり落ちた。
「いかがでしょう? 共同経営のお話、双方にとって利になると思うのですが」
「ほお……素晴らしいアイディアです。感服しきりで……ただ」
「ただ?」
「職員の制服が据え置き、というのは……うちの
私はにこり、と微笑んでから立ち上がり、そのまま先方の胸ぐらを掴み上げた。
「勘違いするなよ。こっちはいつでも梯子外せるんだよ。死にかけのブランドにしがみついて社員3000人、路頭に迷わせる気か?」
先方が目の色を変えた。
「貴様…!」
「嫌ならこの場でうちの社長にかけて、この話はナシだと伝えることもできる」
胸ポケットからスマホを取り出し、見せつける。先方は怒りに震えていた。私は愉快で堪らず、笑いながら椅子に戻った。
「では、たっぷり時間をかけてのご検討お願いしますね。潰れかけのあなたがたと違い、此方はいくらでも待てますから」
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