追跡

 深夜の国道を飛ばす。

 クルマの性能からいえば、時速150キロ以上を出すのは危険だ。ファミリー向けのコンパクトカーが出せる限界などたかが知れている。燃料もすぐに底を尽きるだろう。

 平川ひらかわ亜矢あやには、それでもそうせざるを得ない理由があった。

 バックミラーを覗く。獲物を追い立てるように、執拗にかつ悠然と、黒塗りのセダンが追ってくる。全面スモークガラスの不気味なドイツ車だった。

「なんなのよ、もうっ」

 と言いつつ、亜矢には不本意ながらも心当たりがあった。


 出来心といえば間違いない。大学の友人を通じて知り合った、所謂アングラ系のバンドのヴォーカルは、見るからに不健全なヤカラと関わりがありそうな面構えだった。そいつから受け取った、ビニールに包まれたフリーズドライの野菜くずみたいなもの……ヴォーカル曰く「合法のハーブみたいなもの」をアルミホイルの上で炙って吸ったその日から、亜矢の人生はおかしくなり始めた。


 乾燥大麻マリファナというのは一般にはダウナー系の薬物であり、神経を落ち着かせるために吸引するものだ。卒論とバイト先のトラブルが重なり、やや余裕がなくなっていた亜矢にすれば藁にもすがる思いだったが、果たして薬物依存の危険は本当だった。具体的には、一度でも手を出せば一生その事実に付きまとわれるということで、件のバンドのヴォーカルはある日突然行方不明になった。界隈では有名な媒介人だったそいつとは、未だに連絡が取れないという。

 程なくして、亜矢の周りにも実害が出始めた。今は亜矢が追われる身だ。


「しつっこい!」

 エンプティランプが点る。追跡者は未だに諦める気配がない。

 亜矢は、イチかバチかの勝負に出ることにした。


 百円ライターに火をつける。どうせクルマは中古だし、助手席に放り投げたパーカーも古着屋で五百円程度の安物だ。道が下りに入ったタイミングで、そこにライターを投げつける。燻るような燃え方だったが、確かに火の手は上がる。

 ドアのロックを外す。同時に、クルマを道の端に寄せる。道路脇は緩やかな斜面になっていて、一面に草が生い茂っていた。

(1、2の――)

 3っ、と掛け声、ブレーキペダルを踏んづける。亜矢は車外に飛び出した。ドアの開いたままのクルマに、追跡車が激突する。そのまま亜矢の前方に、2台もろとも落ちていった。

「はっ……はぁっ……!」

 間もなく、火の手が上がった。これからどうしよう、擦りむいた腕を押さえながら、亜矢はとりあえず草原に寝転んだ。心臓の動悸が止まらない。

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