快眠業者 Ⅰ
『1ヶ月10000円、あなたに快眠をお売りいたします 快眠業者』
雑誌の片隅に載った広告は、地味ながら抜群のインパクトを誇っていた。
日曜日、加奈は件の「快眠業者」の看板が掲げられたドアの前に立っていた。覚悟は決めていたが、未だ半信半疑でドアベルを鳴らす。すぐに足音がして、ドアが開く。
「いらっしゃいませ」
最初は少しばかり慄いた。ドアを開けたのは身長140センチほど、ほぼ小学生といっても通じるくらいに小さな身体で、髪を長く伸ばした女だった。その口から、地の底を思わせるようなごく低い声が発せられていたのだ。硬直していると、声も背も低い女は言葉を次いだ。
「快眠をお求めですかな」
どこか古風な、武士のそれを思わせる喋り方だった。武士と会ったことはないが。加奈はとりあえずはい、と頷き、女に促されるままドアの向こうに足を踏み入れた。
「時間を」
「……はい?」
「快眠を希望する時間帯を教えてください」
名前と住所を書き終え、促されるまま坐ったパイプ椅子の上で、女……自称「快眠請負人」、年齢非公表……と向き合い、そう問われる。加奈はすこし悩んだ。月曜は早番だ。したがって夜は早く眠りたいが、ひとり暮らしだといろいろ気になってなかなか寝つけない。
「……9時で、お願いします」
「夜の?」
「はい」
「よろしい。効果が出るのは今夜9時。起床時間は任意となります……それでは、良い夢を。初回キャンペーンでお代はいただきません」
果たして加奈は、午後9時になると糸が切れたように睡魔に襲われ、眠ることができてしまった。疑念があっただけに、ここまで覿面に効くとは吃驚だ。感謝を伝えるべく、加奈は再び快眠請負人の元に赴いた。
「助かりました! ウソのようにすっと眠れて……目覚めも快調で」
肩を回してみせる。笑顔がひとりでに溢れてくるような感覚は久しぶりだ。
「それはなによりです」
快眠請負人の女は相変わらず低い声で、しかし嬉しそうにそう言った。
「どういう仕組みなんですか?」
「お教えはできませんが……」
彼女はコーヒーを淹れ、加奈に差し出した。
「リピーターになっていただけるのでしたら」
「是非に!」
加奈は、とてもコスパのいい
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